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日比谷線の女 Vol.16

日比谷線の女 最終回:32歳の決断! 六本木ヒルズに住む彼と、結婚前提での復縁


香織の結婚相手となった男性は、東京で初めて付き合った篤志だった。香織と付き合っていた頃は愛宕グリーンヒルズフォレストタワーに住んでいたが、現在は六本木ヒルズレジデンスのC棟に住み、44歳でまだ独身だった。

偶然再会した日、お互いの10年間の話で盛り上がった。香織は、翔太と社内恋愛をしていた頃に、篤志が東京ミッドタウンレジデンシィズに住んでいると、噂で聞いたことがあった。そのことを彼に聞くと、少し俯いて「ああ、あまり思い出したくない頃の話だよ」と顔を上げて苦笑いをした。

彼は、立ち飲みバルで成功したのを皮切りに、当時香織に語っていた通り、ネイルサロンやエステと事業を拡大していた。だが、飲食以外はどれもうまくいかず、それらを立て直そうと躍起になっていると、うまく回っていた飲食まで赤字を出すようになり、徐々に資金繰りが苦しくなった。

甘い事業計画のまま根拠のない自信を持ち、多少無理をしてでも強気で出店するなど、会社が危うくなったのはすべて自分のせいだったと篤志は振り返った。

それから、車、時計、家具と現金にできるものはすべて手放し、東京ミッドタウンレジデンシィズから麻布十番の1Kに引っ越し、飲食経営一本に絞ってがむしゃらに働いたそうだ。

その時に付き合っていた彼女も、湧いてくるように周りにいた女の子たちも皆、篤志がそんな状況になると、用済みだと言わんばかりに颯爽と離れていった。その時の悔しい思いを胸に再起を果たすと、六本木ヒルズレジデンスに引っ越してきたそうだ。

だが、以前のように派手に遊ぶことはなくなり、10店舗まで増やした店も、これ以上増やさず手堅くいくと決めているそうだ。女性選びにも慎重になり、この数年恋人はいないと言った。

当時自分の前から去った彼女たちの行動は、仕方ないことであり責める気持ちもないと彼は言う。その顔は本当に清々しく、それが彼の本心であることがうかがえた。

香織は、彼にあっさりと別れを告げられ、自分は彼女ではなく沢山いるガールフレンドの中の一人でしかなかったことを知った時、相当に落ち込んだ。だから彼が女たちに捨てられたと聞いて、香織は思わず「因果応報ね」と笑顔で彼に言ってやった。彼は声を出して笑い「その通りです。心から反省しました」と言って姿勢を正し、口をへの字に曲げて軽く頭を下げてきた。

香織は当時、彼に嫌われるのが怖くて自分の姿を必死で繕っていた。いや、彼に限らず誰の前でもそうだった。好きな人の前では完璧な自分でいたかったのだ。だが、10年振りに再会した彼とは、何も飾らずに自然な自分で居られることに気づいた。

言いたいことを言い、適当に突っ込み、どうでもいい話で笑えた。偶然の再会でおかしなテンションになっていただけかもしれないが、当時は彼の方に偏っていたパワーバランスが、ちょうどよく対等になっているように思えた。

それから何度か食事に行き、再会から2か月後に彼から申し入れがあった。

「俺たち、もう一度付き合わないか。」

香織が今まで見た中で一番真剣な顔で、篤志は言った。香織と同じように彼も、一緒にいると自然体でいられて心地良いのだと言ってくれた。香織はすぐに返事はできず、考えさせてと言ってその日は別れた。

一度別れた相手とよりを戻したカップルは香織の周りにも数組いる。だが、香織はもう一度付き合っても同じことの繰り返しになると思い、復縁は反対派だった。一度ダメになったものは、何度やり直してもダメになる。それが香織の考えだったのだ。

だが、篤志が10年前とは考え方も価値観も随分変わったということは十分わかった。自分自身もあの頃とは変わり、もっと上手に篤志と恋愛できる自信もある。

篤志には、これまで付き合った人の中でも、格別の思い入れがあるのも事実だった。それが東京で初めて付き合った相手だからなのか、それとも失敗してもまた起き上がる彼のたくましさのせいなのかはわからない。

だから、篤志に付き合おうと言われて飛び上がりたいほど嬉しかった。だが同時に、また同じ結果になるのではないかという不安もあった。

香織ももう32歳だ。無駄な時間を過ごす余裕はない。一人で数日考えた後、彼への返事は『けやき坂』で会った時に切り出した。

この記事へのコメント

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No Name
ステキ、いい話。
どんなときもお仕事コツコツ続けてたっていうのが幸せの秘訣かな。
2018/03/19 15:167
No Name
「セカンド」の香織とはえらい違いだ。
2018/08/01 01:143

日比谷線の女

過去に付き合ったり、関係を持った男たちは、なぜか皆、日比谷線沿線に住んでいた。

そんな、日比谷線の男たちと浮世を流してきた、長澤香織(33歳)。通称・“日比谷線の女”が、結婚を前に、日比谷線の男たちとの日々、そしてその街を慈しみを込めて振り返る。

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