2016.05.31
唯一にして最悪な、和弘の欠点
「相手に対する気遣いとか優しさ……かなぁ?」
そう言って、真由美は僕の方をじっと見つめた。
真由美からすると、最大限、僕の気持ちに配慮しての表現なのだろうが、“相手に対する気遣い”……なんて抽象的なことを言われても、正直ピンとこない。
「具体的には? そんな抽象的な内容だと分からないよ。どんなことでもいいから、僕のダメだと思うところを教えてくれ!」
真由美は最初「いったいどうしたの?」と僕を心配するそぶりを見せていたが、僕の決意が固いことを悟ると、これまで言いたくて言えなかったことをぶちまける絶好の機会だと気持ちを切り替えたようで、重い口を開いて少しずつ話しはじめた。
「基本的には、和弘って、ルックスも、学歴も、給料も、客観的な条件を見事にクリアした女子受けのいい男だと思うんだよね。話も面白いし」
こうした慰めにも似た前置きがなされる時は大抵の場合、その後に大きな批判が待っていることが多い。
正直、自分のダメ出しを聞くのは決して気持ちいいものではないが、長い付き合いの真由美だからこそ正直な意見を聞けるのだと覚悟を決め、腹に力を込めて真由美の次の言葉を待った。
「でも、相手のことを気遣ったり、不快な思いをさせないようにするとかっていう気遣いが、ちょっと弱いと思うんだよね!」
(きたきた……これからが本番だ)
と、心の警報を鳴らす。事実、真由美は話をしているうちに当時の気持ちを思い出したようで、怒りの感情を露わにして、早口にまくしたてはじめた。
「たとえば、和弘ってタバコとか吸うじゃない? 私がタバコの臭いが苦手だって知っていても、全然気遣ってくれなかったよね。
それだけじゃなくて、タバコ吸ってたら絶対ヤニ臭いに決まってるのに、口臭予防をするとかの気遣いもしなかった。
付き合ってた頃、途中から私がキスするの避けてたの気づかなかった? 和弘とキスすると、タバコの嫌な臭いが口の中にひろがって、本当に最悪だった。それでもさすがに当時は言いにくかったから、さりげなくリステリン®を洗面所に置いといたりもしたんだけど、全然気づいてくれなくて……だから結局自分で使っちゃったし(ため息)」
初めて知る事実に、ただ茫然とするしかなかった。リステリン®……? 僕らの家にそんなものあったかしらと古い記憶を辿る。
しかし、どんなに記憶の引出しを探してみても、それに該当する記憶はついぞ見当たらなかった。
「その点、今の彼は、その辺の配慮が完璧! 付き合う前はタバコ吸ってたけど、私が苦手って知ったらすぐやめてくれたし、いろんな見えないところのケアとか、相手に対する気遣いとかすごくて、本当に愛されてるんだなって実感できるの」
真由美の話を聞いてるうちに、逃げるようにその場を立ち去った美也子の姿を思い出した。確かにあの時、僕はタバコを吸っていて、しかも、彼女にこの上なく接近していた。
(そこだったのか……)
真由美に面と向かって「気遣いが足りない」と言われ、ものすごく恥ずかしい気持ちにはなったが、自分では全く気が付かなかった盲点を指摘してもらったことで、暗闇の中に一筋の光を見た気がした。
真由美の言うとおり、僕は自分の外見やステータスなど、表面的なところにばかり気にしていて、目に見えない配慮や優しさが足りなかったのかもしれない。
そこに気付かせてくれた真由美には感謝しかなかった。
真由美と別れた後の帰り道、僕は通りかかった薬局で足を止めた。
マウスウォッシュコーナーの一角にある『薬用リステリン®』を手に取ると、確かに同棲時代の一時期、真由美が洗面所で使っていたのを見たことがあると思い出した。それが僕のために用意されたものであることも知らず……。
己の愚鈍さに泣きたい気分だったが、気持ちを切り替え、レジに持っていく。
僕はこれから変わるのだ。本当に女性が求める、モテる男に。
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