ヤバい家計簿 Vol.3

ヤバい家計簿:年収8千万男。紆余曲折を経て、家賃以外手元に月40万あれば十分という理由


東京に数多くの年収3,000万円以上の男が跋扈する。しかしながら、彼らのお金の使い途は十人十色。その稼いだお金を、一体何に使っているのか?彼らの「家計簿」に迫っていく。

ヤバい家計簿 Vol.2:年収2億円の金融系男は美人運転手つきの羨ましすぎる生活


「おはようございます!」と入ってきた途端、周りの空気が変わった。長身で日焼けして鍛え抜いた体、自信に満ち溢れた様は男でも惚れてしまう。イベンターとして名を馳せてから20年、今ではケータリングとカフェレストランの経営、コンサルタントなどで数百億円の売上企業にした。自身の年収は8,000万円。いったいどんな人物なのか、彼のカリスマ性の所以とは?

【今週のヤバい家計簿】

石丸幹太(仮名)51歳
年収:8千万円

<以下月毎の支出項目>

家賃:52万円
水道光熱費:1万8千円
電話代:2万5千円
交際費:10万円〜50万円(ほぼ野郎飲み)
被服費:0〜5万円
美容代:1万円

順風満帆だったはずが極貧に!バブルを駆け抜けた男とは?


モテないわけがない!

この風貌でお金持ち、ものすごいパワーがあるのに人に決して圧をかけない。これがバブルを経験した人のオーラなのか?

「食うに困った時もありましたよ。学生ツアーなんかやってイベント立ち上げてバブル全盛期は若くしてこんなに稼げるのかって勘違いしていました」

当時、“パー券”の争奪戦が繰り広げられたイベントをいくつも催し、24歳で起業。

このままビリオネアにいっちゃう?と思っていた矢先にバブルが崩壊。

全てがぐちゃぐちゃになって、どうにもできなかった。その後2〜3年は驚くほどお金がなかったと言う。

支えたのは世の中が荒んでいる時こそ凄いチャンスがあると信じる気持ち。そのチャンスをもぎ取るつもりで戦った。

社長になりたかったタイプではなく、“こういうものを作ってみたい”というクリエイティブ魂で生きてきた。

無いものを作る欲求だけはものすごかった。だからどん底時代にふと、自分のイベントではディスコの延長みたいな料理しか出せず、客もただ騒ぐだけだったことを思い出した。

海外のパーティーみたいにお洒落で美味しい食べ物と飲み物が並んでいたら大人まで楽しめるかもしれないとケータリング事業に乗り出す。

まだケータリング自体、世の中で認知されておらず、やっているところも数件しかなかった。これならイケる!と知り合いからシェフを紹介してもらい、写真でイメージを伝え試食を重ねた。

ようやく形が見えて昔の仲間の店のクラブイベントで出したところ、これが大好評。キッチンブースが人だかりになった。その後、口コミで出版社や音楽イベント、アパレルの出店パーティーなどの依頼が増えていく。

ホールサーヴィスにイケメンを揃えたところ、完全に軌道に乗った。

次に仕掛けたのがカフェレストランだ。ケータリングがない時にイケメンたちの働く場所を用意するためだったが、オープン直後から女性のお客様が絶えない。イケメンの友達は皆イケメンという類友法則は健在だった。スタッフもどんどん集まってきて、2店舗、3店舗と増えていった。

女性が集まる店には、男性も集まる。ようやく軌道に乗ってきた。

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