2016.04.08
恋愛レシピ Vol.1斉藤美咲、埼玉県出身の25歳。都内の女子大を卒業後、外資系のジュエリーブランドのPRとして華やかな日々を過ごす。恋にもおしゃれにも手を抜かない、自他ともに認める「キラキラ女子」。
しかし、“理想の彼氏“である翔太との失恋をきっかけに、大きく自信を喪失してしまう。
美咲は失恋から立ち直り、東京での生活に埋もれて忘れていた自分らしさを取り戻せるのか…?
金曜日18時半、化粧直しは念入りに
「で、今日の”お食事会”はどこの会社の人?」
金曜日の18時半、会社の女子トイレは女の戦場と化している。斉藤美咲もご多分に漏れず、鏡とにらめっこしながらマスカラを塗り直し、カーラーを押し当てながら同期の藤崎マキに聞く。
「広告代理店だと思う」
「え……嘘! まさか汐留の人じゃないよね?」
「大丈夫、赤坂。そこはチェック済み。大学の先輩の高村さんって人」
「良かった……」
「美咲のためにイケメンだけど真面目な人、高村先輩にお願いしといたから」
美咲は思わず苦笑する。1ヶ月前に彼氏と別れたばかりだからだ。
社会人になってから付き合った翔太は汐留にある大手広告代理店の営業マン。ノリが良くスポーツマンの翔太は、美咲の理想的なタイプだったが、ある日あっさりとふられてしまった。好きな人ができたらしい。
― 可愛い系の癒され女子で、しかもお嬢様…… 。
美咲は、翔太のFacebookにタグ付けされた彼女の写真を思い出した。ドラマに引っ張りだこのあの女優似の美人で、実家は白金にあるらしい。
合コンではいつも一番人気、ファッションと美容にもぬかりがない美咲も、これには自信をなくしてしまった。美咲は目鼻立ちのくっきりしたクールビューティ系で、埼玉出身。結局翔太の好きなタイプではなかったということか。“つなぎ”という言葉が思い浮かんできて、目の奥が熱くなった。
― いけない、マスカラが滲んじゃう。
「美咲、何してるの? 行くよ!」
「マキ、早くない?」急かされた美咲は慌てて広げていた化粧品をポーチにしまい始める。
「元がいいからね」
「ウケる。あれ?コテはいいの?」そう会話を引き延ばしながら、美咲は最近買ったばかりの外国製ヘアオイルを髪に塗り込み仕上げにかかる。
すると、完全に待ちの体勢のマキが、余裕の笑顔で言い放った。
「最近カールの持ちがいいから大丈夫」
「何で?」
「シャンプー変えた」
「え?それだけ?」
「男も変えた」
「そっちだ」
苦笑いしつつも、美咲は最後にリップを入念に塗り直して”お食事会”へと向かった。
無邪気は最大の罪
「かんぱ〜〜い!」
金曜日、2対2のお食事会。そして恵比寿。という完全なる王道コンパ、否、お食事会に、美咲とマキは意気揚々と乗り込んだ。相手のプロファイルが分からないファーストコンタクトの時点では、女という生き物は、みな愛想がいい。その証拠に、現時点での美咲は“褒める×質問”の最上級対応を仕掛けている。
「さすが代理店の方だけあって、素敵なお店ご存知ですね〜。ここ、よく来られるんですか?」
自己紹介で成澤と名乗った整った顔の少し寡黙そうな男が、口を開く。
「いえ、僕はほとんど店を知らないので……。友達に聞いて、下見でこの前来たのが初めてです。あ、僕は代理店ではなくて、サライ自動車のエンジニアです」
それを聞いて、隣の高村が会話に加わる。「代理店なのは、俺ね。こいつ大学の後輩なんだけど、代々サライ自動車のエンジニアっていう変わった家系でさ」
「へぇ〜、父親の仕事継ぐとか、絶対あり得ないな、私だったら。絶対イヤ」と呟く美咲に、マキが間髪入れず会話を拾う。
「そういえば美咲って実家どこ? お父さん、なにやってる人だっけ?」
6個の瞳が美咲に集中した。誰かが一つ質問すると、必ずその質問が最重要事項であるかのごとく扱われるのは、まだ仲良くなっていないグループの傾向だ。
恥ずかしさで消え入りそうになるのを必死に堪え、美咲はごまかすように答える。「埼玉。飲食関係かな…」
「え〜、飲食? いいな〜? なに系? 今度みんなで行こうよ」高村が調子に乗って続ける。問われた質問が完全に答えられていないと見るや畳み掛けるのも、取り立てて仲良くなっていないグループの特徴だ。
「わ、和食割烹やってるの。だけど遠いから、ね。ま、また機会があれば」
「へえ、そうなんだ。あ、そういえば和食割烹と言えば最近すごく美味しいところ、みつけたんだけどさ」
どうやら質問攻めからは解放されたことを確認し、美咲は人知れずホッと一息を入れた。
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