「さとみが、誘ってくるなんて、珍しいな」
甘く官能的な顔と、天が与えた育ちの良さを持った天使の顔をした悪魔が目の前で笑っている。
さとみが指定したバーは、南青山七丁目のグルメストリートの一角のビルの2Fにある『Bar Rage』。ドアを開けると長いカウンターで、恋人と思しき二人がグラスを傾けていた。
その奥に個室が3部屋あり、さとみは、その中の一室に通された。到着すると、タクミは既にゆったりとソファーにもたれかかって氷の音をさせながらウイスキーを飲んでいた。タクミの彫りの深い顔に、カッティングが美しいグラスの光が映り込めば万華鏡のように妖しく光る。
さとみを下から見上げるタクミの視線は鋭いものの、焦点が微妙にずれ、さとみの視線と微妙にずれる。その目は、うっすらと充血していて、既に大分アルコールを摂取しているようだ。
ジョーゼットのカーテンを引いてしまえば、ほぼプライベートな空間となるその個室で、相対したソファーに距離をとって腰をおろしたのは、タクミから雄の匂いがしたからだ。
席に着くと、さとみは言った。
「ねぇ、一個聞きたいんだけど、サエコちゃんの何がいいの?」
苛立ちを抑えきれず、声が若干毛羽立っている。さとみの質問に、タクミは一瞬鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたのち、合点がいったようにニヤニヤと笑った。
「気になってるんだ?俺とサエコちゃんのこと。」
笑うタクミの顔を見て、悔しいと思いながらも、それすら不感症になるくらいの激しい嫉妬をサエコに感じている。あの平凡な田舎娘がちやほやされる理由がわからない。
百戦錬磨のタクミのこと、女性の感情の機微を見透かすことなど朝飯前なのだ。タクミはさとみの心のうちがわかるのか、致命傷は外しながらも、緻密にズキっとえぐるような言葉を次々に重ねる。
—デートに誘ってるんだけど、なかなかつれなくてねサエコちゃん。—
—すげぇかわいいよね。あのこ。—
—肌とかすごい綺麗でさ。—
—男は、ハマるよ、ああいう女に。—
この記事へのコメント
コメントはまだありません。