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東京DINKS Vol.12

妻の知らない夫の一面が今、暴かれる…!

ここには太一と何度か訪れ、このテーブルに案内されたこともある。愛子はいつも、外の景色が見えるソファ側に座っていた。テラス席の客が連れいたトイプードルに釘付けになったこともあれば、車が流れる目黒通りを、ぼんやり眺めることもあった。その席に、今は葵が座っている。

目黒通りを背にして座っている愛子には、ホテルのフロントが見えた。薄暗い中で、女性スタッフが凛としたオーラを纏い仕事をしている。彼女を照らす明かりはまるでスポットライトのようだ。

—私が目黒通りを眺めてた時、太一はこんな景色を見ていたんだ…ー

同じ店でテーブルを共にしていても、自分たちの見ていた景色がまったく違っていたことに、愛子は切なさを感じた。

愛子は目線を落としソイラテのカップを見ながら、今日この店を選んだことを後悔していた。

一度も行ったことがないし、これからも行かないであろう店を選ばなかった自分を呪った。そしてわざわざ家に押しかけてきた目の前の女に、どうしようもない怒りがこみ上げてきた。

だが、ここで怒りをぶちまけるような、みっともない真似はしない。それは愛子のプライドが許さない。

愛子は「ふう」と一息ついた後、寛とのことをおかしな想像だけで太一に話されては困ると思い、過去の話であること、もう会うつもりはないことを冷静な態度で告げた。葵はあまり納得した様子ではなかったが「そうですか」とだけ返してきた。

「じゃあ、もういいかしら?あなたのことも踏まえて、太一とは一度じっくり話をします。今日のことは、太一にはまだ言わないで。これは私たちの問題だから、私たちの周りでこれ以上キャンキャン吠えないでちょうだいね。」

そう言って愛子は葵の返事を聞く前に伝票を掴み、席を立った。葵はムッとして愛子を睨みつけたが、視線が合うことはなかった。

愛子はレジへ向かいながら、そういえば今朝のテレビの占いで「嫌な知らせが入るかも」なんて言われていたなと思い出した。占いは、嫌な時ほどよく当たると思いながら、大きなため息をついた。

残された葵は、張り詰めていた糸が切れたように、ソファに深く沈み込み、クリーム色の天井を見上げた。そのまま目線を左に移すと、サイズ違いの丸い照明が4つ並んでいた。赤、ピンク、青、緑とそれぞれ異なる柔らかな光を発している。

隣のテーブルからは笑い声が聞こえた。若い夫婦が新居のインテリアの話をしている。

葵は愛子に会って、太一の裏切りを告げれば、達成感に満たされると思っていた。だが今、葵の心はよくわからない後味の悪さに支配されていた。



ホテルを出た愛子は再び家に帰るため、出口からすぐ右の横断歩道で信号待ちをしていた。目黒通りへ繋がる、細い道路のための信号。車は何も通らない。愛子は赤信号を見つめて立っている。

向こうから歩いてくる、丸メガネをかけた若い男性は、赤信号なんて気にせず左右をチラチラと確認した後、横断歩道を渡ってきた。

愛子は何も考えたくなかった。正確には、考えることができなかった。こんなことが自分の人生で起こるなんて想像すらしていなかった。

横断歩道を渡り、10分ほど歩いて自宅マンションに戻った。太一はまだ帰っていない。

シャワーも浴びず、メイクも落とさず、ただ毛布にくるまり、愛子は深く目を閉じた。

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東京DINKS

国内で360万世帯いるといわれる、意識的に子どもを作らない共働きの夫婦、DINKS(=Double Income No Kids)。東京のDINKSの生態を描いていきます。

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