婚外恋愛 Vol.13

婚外恋愛:近くて遠い存在。行き止まりの先にあるものは・・・

前回までのあらすじ

34歳、既婚者の“私”が、妻子持ちの結城と恋愛関係に発展し1年経った頃。結城のひとり息子に対する愛情表現が手料理であることから、彼の過去や出生のルーツを知る事になる。

ある日、その手料理を食べたいと懇願した”私“。結城と共に食材を買い出しに行くが、いつか終わりがくる関係性に複雑な思いを抱いていた。

第11話:雨降る夜。同じ傘の下で、買い物袋を持ちながら結城と歩く。

オリーブの木を買った。小豆島のオリーブ農家から取り寄せたレッチーノという品種。さほど世話をしなくても、いや、正しくは、少し放っておいてあげるくらいが“ちょうどよい愛情のかけかた”なのだと言う。

暫くの間、翳んだような緑色の葉をつけるその木を見つめているうちに、気が付いた時には、この子を下さい、とその声の主に言っていた。珍しいですね、と、行きつけの花屋の主人が私の表情を伺うので、育てていたスィートバジルが死んじゃったから、と答えた。

桜の散る頃、久美子に会った。結城さんと初めて食事をした恵比寿の店を紹介してくれた友人だ。桜と新緑が入り混じる木々を背景にオープンカフェに佇む彼女の姿は、ザッハトルテのような雰囲気がした。しっとりとしていて、コクのある甘さと苦さを内包しているような、そんな雰囲気だった。

「花は家の中の悪い空気を吸って、枯れてくれるんだよ。」

久美子の言葉がなんとなく心に残って、その花屋で毎週土曜日、キッチンブーケを買うようになった。淡い青色の小さなミルクピッチャーを花瓶代わりにブーケを生け続けていたら、3つ目の季節が過ぎていた。



玉ねぎの皮を剥いて、薄切りに切る音。卵の殻を割り、菜箸で溶く音。火にかけた小さな鍋にコトコトと鳴る音。それらの音を奏でながら、キッチンに立つ結城さんの姿。

2ヶ月前のあの日、この耳にいつまでも残していたかった幸せの音やこの目に焼き付けたかった彼の姿は、壊れかけたビデオカメラのように、終始きちんと収めることはできなかった。

私の日常から切り離された結城さん、あるいは、結城さんにとっての日常の姿を見れば、きっと一段と距離が縮まると思っていた。でも、近くにいるのに遠いあの人は、いつでもシルクのスカーフの如く、するりと私の腕から逃げていくようだった。

それまで結城さんに聞きたくてもなかなか聞くことのできなかった質問があった。私達の別れは、どんなきっかけで訪れるのかということ。結城さんの出向が解除になったら?どちらかの家族に知られたら?

それとも・・・、私に子供ができたら?

「もちろん、祝福するよ。」

ご飯が炊きあがるまでの時間。ベッドの端に並んで座り、そう聞いた私に、結城さんは静かに答えた。その表情は愛おしそうに私を見て微笑んでいるが、瞳の奥で鈍い光が揺れている。1年を通してみても、決して多くを語らない彼が何を思っているかを知りたかった。ふたりとも覚悟しているはずの、必ず来る別れのことを。そして、ふたりが望むそれは、きっと、極力一番幸せなものであることを。

「そうだな・・・。そうしたら、8年後くらいに会えたらいいな。」

結城さんが付け加えるようにそう呟くと、その瞳の鈍い光が急に幾重にも重なるように見えた。何かが私の目から零れそうになるので、たまらず横に座る結城さんを抱きしめると、彼も私を引き寄せ強く抱きしめた。何度も結城さんと呼んだ。今ここに彼がいることを確かめるように。

「花帆・・・」

耳元で私の名を呼ぶ、愛おしい聞き慣れた声が、身体に沁み込む。

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