飲みの気合いが勝負の分かれ目、大手代理店との一騎打ちに
「君、大阪から来たんだって?しかも、溝口くんと同じ広告業界に勤めているらしいじゃないか。」
「そうなんですよ。夏美さんにご紹介いただいてこの場に来させてもらってます。びっくりするくらいの酒豪ですよね(笑)」
余計なこと言わないで!とシンゴの肩をはたく夏美を他所に、社長が引き続き話し始めた。
「いやぁ、もともとは“大酒飲み”が集まって飲んでたんだけど、せっかくなんでいろんな人との交流がしたくってこんなパーティを開いたんだよ。君も相当飲める口らしいじゃないか。」
確かに、タワーマンションのパーティというと、モデルの女やギラギラした男たちが集う、いかがわしい印象もあったが、来ている人をみると意外と普通っぽい人が多く、しかしながら、異様にたくさんの種類の酒が並んでいるのを見る限り、全員本当に『酒好き』の集まりなんだろう。
「いやぁ、それほどでもありますけどね(笑)貴重な交流の機会を頂き光栄です。ぶっちゃけ、スケベ心で今を時めくG社さんとお仕事でお近づきできないかと思って来た次第なんですよ。」
堂々と、売上をくれとばかりにぶっこむシンゴ。
「ほう、なるほど。君は素直で面白いな。確かに今年はたくさん広告を打つ計画があるが…、溝口君との交遊の関係もあるし、そう簡単には仕事はやれないのはわかるよね。とはいえ、せっかくの酒好きの会なんだ、シンプルに長く最後まで私と飲み続けた方を、今後仕事でも優先的にお付き合いをするかどうか検討する、というのはどうだろうか。」
―要するに、飲みの勝負というわけか。やってやろうやないか!朝まででもなんでも行ってやる!―
大手代理店の必殺技が直撃、秘技おしぼリボルバー。
― あかん、もう意識がなくなりそうや…。―
邦光社長の一言のあと、かれこれ10時間はたっただろうか。時間は朝の7時。
社長、シンゴ、溝口、夏美の4人は、パーティの後にマンションを出て店をハシゴしながら、邦光社長いきつけのスナックで、まだ飲み続けていた。さすがは大酒飲みの会だ。
「じゃあ、最後にこの焼酎ボトルを一人一本、キレイに開けたら今日は解散しようか。」
「では、私から。いただきます!」
巨漢の溝口は、ものの5分でボトル焼酎を開けきってしまった。
―なんちゅうやつや!俺はもう…一滴もっ!!飲め、ないっっっ…!!!―
「…社長、すみません。完敗です。これ以上飲むと、きっとご迷惑をかけてしまいます。私、出直してきます…。」
「そうか。残念だが、今日はここまでのようだね。とはいえ、酒は美味しく飲むものだ。またいつでも来なさい。」
社長に続き、溝口は余裕の表情でこういった。
「シンゴさん、今回は完全に俺の勝ちのようだね。まぁ、いつでも勝負は受けてたつよ。」
完全な敗北を期したシンゴは、既に始発が走っているにもかかわらず、とてもじゃないが酔っぱらって電車に乗れず、一人タクシーで帰っていた。
―溝口はなんであんなに飲めるんや…―
ふとタクシーの中で電話をみると、夏美から着信があった。酩酊しながら電話にでる。
「シンゴさん、今日はお疲れ様!完全に負けっちゃったみたいだけど…気を落とさないでね!ちなみに、溝口くん、ああ見えて実はそこまでお酒が強いわけじゃないのよ。」
―なんやって!?じゃあ一体やつはどうやって…。―
「彼、お酒を口に含んだ後に、おしぼりで口をふくクセがあるでしょう?アレ、実は口に含んだお酒を、おしぼりに染み込ませて吐き出しているの。」
―まさか!そんなからくりがあったとは…。―
「しかも…。」
―しかも?―
「彼のスーツの内ポケット、一度だけみたことがあるの。そしたら、布おしぼりがびっしり20本は詰まっていたわ。彼にとっての命の弾薬、いわば“おしぼリボルバー”ね。」
なんてことであろう。真正面から勝負を挑んだシンゴに対して、あろうことか溝口は、圧倒的な小細工をしていたのだ。
―くそっ!なんて卑怯なやつなんや!―
とはいえ、このままやつのおしぼリボルバーを社長に指摘したとして、『これは、社長の近くで物がこぼれたときにいつでもテーブルを拭けるように持っているんですよ』といった秀吉の草履的な回答をされてしまうと終わりである。むしろヤツの印象がさらに良くなってしまう。
―ヤツのおしぼリボルバーを倒さない限り、俺にはこの仕事をもぎ取ることはできない…。―
調子に乗っていたシンゴの、東京での初めての挫折であった。






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