人生も肉も味わい尽くした志穂を前に、言葉にできない事態が…
「さっそくお肉食べましょうか♡」
「あ、はい!自分、注文しますんで!まずはビールに塩タン…」
「ちょっと待って!」
「え、あ、はい…。」
若干年上だからなのだろうか。プレイバックさながらの力強いストップの合図とともに、彼女はこう続けた。
「私こう見えて、肉食女子というか、肉にうるさいというか…。私が頼んじゃっていいですか?♡」
そういっておもむろにメニューを閉じると、彼女は店員にこう囁き出した。
シルクロース
ザブトン
ミスジ
トモサンカク
カイノミ
ランボソ
クリ
シンシン
― な、なんの呪文なんや…。―
「やっぱり、『イチボ』以外赤身じゃないの!」
― に、肉の部位なのか…。―
「あと、赤身にはやっぱり赤ワインを合わせないとね!若いヴィンテージだと、ブレンドタイプで味に複雑さのあるものがいいよね。単一品種は果実のボリューム感がポイントだから、やっぱりニューワールド系かしら?例えばチリの名ワイナリー、モンテスとかのだと、熟成感があってあっさりした赤身の旨味を引き立てるし、ぴったりだと思うの♡」
「ねぇ、シンゴ君はどう思う?ワインとお肉、どの組み合わせが好き?」
― ど、どうしたらええんや…。―
慣れない東京の高級焼肉店で、肉の極みともいえる乙女社長に完全にリードされた上、まさかのパスに言葉を失ってしまう。
こっそり、優子にSNSで助け舟を求めるも、案の定完全に既読スルーであった。
シンゴが選んだのは、国民的なあの組み合わせ方
「フフッ。シンゴのやつテンパってるなぁ。めちゃくちゃ楽しいわ(笑)存分に東京の荒波を感じて貰いたいものね。」
LINEを既読スルーしながら、腹黒モードでほほ笑むのは、優子だ。もうお分かりだろうが、いい女を紹介するといいつつ、ややこしい焼肉奉行のハイスペックアラサー女子をぶつけることで、シンゴを困らせてやろう、というのが狙いだ。
―どうしたらいいんや…。このまま情けなく無言のまま肉を食べるなんて、男として悔しすぎる…。ぐぬぬ…。―
「やっぱり厚みのある肉は、この焼き方に限るわね♡」
焼奥義“ブリッジ” をリアルに目の当たりにしたシンゴは、ふと、東京にきて初めてお台場から見たレインボーブリッジを思い出していた。
― 俺は一体、何のために東京に来たんだ。これしきの試練…。やるしかない。―
「志穂さん。」
「?」
「僕なりに最高のやり方で、この肉たちを食したいと思っています。あえて、白ワイン、いいですか?」
「え、でもそんなんじゃ味のマリアージュが…」
「こうするんです!!!!」
そういって、シンゴは『白ワイン』ボトル一本を一気に飲み干し、高級なイチボなどの『赤身』を一気に食べつくした。
「志穂さん、これこそが最高の味のマリアージュ『紅白歌合戦』ですよ!!!!」
「私、帰るわね。」
勢いだけでは、東京肉食女子を倒すことはやはり出来なかったシンゴ。
失意の中、やっぱり赤身には赤ワインだわと思いつつ、一人焼肉を平らげていた。
―――
そんな中、ふと会社の携帯がなる。同僚のアートディレクターの「理恵」からだ。
「シンゴさん、大変です。例の案件、なくなるかもしれません…。」
彼に、また一つ東京の荒波が押し寄せようとしていた。






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