婚外恋愛 Vol.4

婚外恋愛第4話 :8分19秒

前回までのあらすじ

34歳の『私』は、同じ証券会社に勤める10歳年上の結城に誘われ、ふたりきりで初めての夕食を共にした後、恵比寿のbar松虎に向かう。若年ながら本部長職に就き人望の厚い結城は妻子持ちであり、また、自身も既婚者であるが故に、その場限りの淡い恋心と割り切ろうとするが、バーの帰りがけに思いがけず結城からキスをされる。

第3話:暖炉で燃えている綺麗な火

一日のなかで、朝が一番好きだ。正確に言うと、朝の太陽の光を浴びる瞬間が好きだ。夜の湿った気持ちを、すーっと浄化してくれるような瞬間。生きとし生けるものに平等に注がれる光を浴びていると、私は生きていることを許されているのだ、と思う。

2年前に買った築5年目の中古マンションの13階。東向きの部屋からはいつも沢山の朝の光が差し込んでくる。ご主人の転勤を機にこの部屋を手放した前のオーナー夫婦も、掃出し窓全面から朝日が差し込むここのダイニングキッチンが好きだと言っていた。

「コーヒー入れたよー。」

ベッドで横になる蒼太にいつもの言葉をかける為、パタパタとスリッパを鳴らしながら寝室まで起こしに行く。ドアを開けた瞬間にキッチンから漂うコーヒーの香ばしい香りが、朝の弱い蒼太の目覚めのスイッチを優しく刺激する。彼がちゃんと起きてダイニングに来るまでにはまだ時間がかかるので、私はその間キッチンスペースに置いてあるスィートバジルに水やりをする。

細く長く伸びた茎に小さくついたバジルの葉。夏場の活き活きした様子から、緑の色づきも随分と弱まって今はただ生きようとする健気さに愛おしさを感じる。週末になったら全部の葉っぱを収穫してジェノベーゼソースを作ろうかな・・・。ぼんやり考えつつ水やりを終え、コーヒーの入ったイッタラのTaikaマグを片手にバルコニーに出る。

空を見上げると、抜けるような青。眩しくて太陽が直視できない。この光が地球に届くまでの時間は8分19秒らしい。


結城さんと会って以来、雨は降っていない。あの夜から1週間が経つ。くちびるの感触と手のぬくもりの感覚は今も生々しく残るのに、あの出来事はまるで何もなかったかのように消えてしまったのだろうか。あの時の分厚い雲が東の空へ消えて行ったように。

あの日の夜は全く眠れなかった。ベッドに潜りこんで、瞼を閉じても、結城さんとキスしている瞬間が、何度も何度も映画のワンシーンのように繰り返された。暗い夜の出来事なのに、まるで朝日のような光がキラキラと照りつけるように眩しい光景として何度も。同時に、蒼太が、いま、隣にいなくてよかったと何度も思った。

翌朝、携帯に届いた結城さんからのメッセージを思い出す。

「昨日はありがとう。とても楽しかったよ。」

数分、間を置いての2通目。

「それから、軽率な振る舞いをしてしまって申し訳なかった。反省してます。」

あからさまに心が「ズキッ」とした自分に驚いた。もう、これは、正真正銘、私は結城さんに恋をしているのだと思った。今なら何も無かった事にできるのに、何も無かった事にしたくないのは、他の誰でもない。私なのだ。

毎朝6時頃に起きて、7時半頃の阿佐ヶ谷駅発の電車に乗って、8時過ぎに丸の内のオフィスに着いて、だいたい夜9時に仕事が終わって、夜10時頃自宅に着いて、0時過ぎに就寝する。たまに会社帰りに夜ご飯を外でとったり、ヨガのレッスンに行ったりするくらいが関の山だ。

毎日代わり映えのない繰り返しの中で、何かを求めているのかもしれない。最低限の幸せさえあればいいと思っていたはずなのに。蒼太と一緒にいれればいいとさえ。

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