婚外恋愛 Vol.3

婚外恋愛第3話 :暖炉で燃えている綺麗な火

前回までのあらすじ

34歳、既婚者の『私』は、同じ証券会社に勤める10歳年上の結城に誘われ、恵比寿の家庭懐石料理を提供するあふそやで、ふたりきりで初めての夕食を共にしていた。若年の本部長職でありながら、その出来た仕事振りと気さくで人付き合いの良い性格で、社内から人望を集める結城に対し、淡い恋心を抱いている事実を認識し始める。

第2話:古民家懐石料理屋の個室にて

結城さんも 、私と同様、既婚者だ。私と違う点は、結城さんにはコドモがいること。小学6年生の男の子である。来年早々に中学受験を控えており、毎日家の中の雰囲気がピリピリしているんだと、先月の飲み会の際に話していた。

そう言えば、結城さんのプライベートをそれ以上知らない。あるいは、知ることが怖いのかもしれない。

『あふそや』を出て、恵比寿駅を迂回するように歩くと、途中に大きな陸橋がある。そのすぐ脇にあるビルの細い外階段を登り店内に入ると、漆黒の空間が広がる。外よりも圧倒的な暗闇だ。



ゆっくり誘導されながら囲炉裏から漏れる温かみのある灯りを頼りに席に着く。さっきのお店、美味しかったねー、と、嬉しそうに言う結城さんを右手にしてカウンターに座る、ここは『bar 松虎』。

結城さんがモヒートを注文するので、私もすかさず同じのをと言う。モヒートは一番好きなカクテル。ミントの爽やかな香りを心地よく感じながら店内を見渡してみると、暗闇に少し目が慣れてきたのか、味のある木材のカウンターに、男女が所狭しに座っている様子が見てとれた。

ふと左側に目をやると、想像していたよりも隣のお客が間近に座っている事に改めて気付く。それなのに、不思議だ。少しも気にならないのだ。それはきっと、この計算しつくされた照明の力が大きい。よく観察するとこの店内は単純に暗いだけではないのだ。むしろ照明を使って暗闇がプロデュースされ、それぞれのプライベート空間を形作っている、といった感じである。

「とても雰囲気のあるお店・・・。さすが結城さんですね。」

少し酔ったせいか、はしゃぐように私が言った。すると、結城さんは眉をひそめて、違う違う、と右手を小さく横に振りながら、

「このお店、『あふそや』を紹介してくれた例の友達が薦めてくれたんだ。決して元々知ってたお店じゃないよ。」

そう言って、タバコの箱を左手に持って、いいかな?という表情をするので、お構いなくと合図した。まだフィルムの開けられていないキャスターマイルドのソフトボックスから1本取り出し、ゆっくり火を付けると、ほんのりバニラのような香りがした。

「君みたいな女の子に、こうゆう恰好いいお店へ連れてくるタイプじゃないからなー」

上向きにタバコの煙を吐き出しつつ結城さんが言う。

(オンナノコ、かぁ・・・)

結婚して、34歳になって、男性に久々に言われるその甘い響き。思わず気分が高揚してしまいそうな衝動を抑えつつ、自分自身を律するように、さっき言った結城さんの言葉をふと思い返す。

こうゆう恰好いいお店へ連れてくるタイプじゃないからなー・・・?

まさか、結城さんは沢山のカノジョがいるはずなのだ。きっと沢山の素敵なお店を知っていて、それこそ沢山の「オンナノコ」を連れて行っているはずなのだ。何しろ結城さんは本社で絶大な人気を誇る男性なのだから。

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