2015.09.05
「ふたりのニコライ」―作家・柴崎竜人の恋愛ストーリー Vol.2でも結局のところ、やはりそれは戦いに気持ちがはやる二流武士のチョイスであると言わざるを得ない。
では「そうみたいだね」はどうだろう?
この場合、逆に相手から距離をとる。言うなれば、刀を構えてから一歩後ろに下がる。「そうなんだ」のようにあせって斬りかかろうとするのは、自分の戦い方しか知らないためで、相手にあせて臨機応変に戦法を変えられるほど多くの知識も技術ないからだ。
反対に一歩下がれるのは、状況の数だけ戦法があることを知っており、なおかつそれを実行できる技術と勇気があるからに他ならない。「大人の余裕」などと恋愛マーケットで語られているコミュニケーション上の間合いは、実際には年齢と関係ない。むしろ適正な間合いが取れる一流の恋愛武士は、年齢に関係なく「大人」と呼ばれることになる。
男に「そうみたいだね」などと答えられては、斬ってかかられることを予期していた女子にしてみれば、肩すかしを食らった気分になるだろう。だが彼女たちはすぐに気がつく。財布と面の皮だけは厚い女に飢えた商社マンや代理店の男とばかり合コンを繰り返しているであろう彼女たちにとって、この間合いこそが、求めていた安らぎなのだと。
そのようなわけで、彼女たちには僕の言葉がこう聞こえたはずだ。
「私、お酒が好きなの」→「うん、そうみたいだね(もう知ってるよ。きみの素敵なところ、もう僕は気づいてるよ、だから安心して。そう、笑顔を見せて)」
ありがとう巨匠、僕は大人になりました。僕は美人の双子の前でも物怖じせずにこうして刀を構えています。ほら、目の前の双子はお互いに視線を走らせて、ふふふと楽しげに笑っています。
「落合くんって、面白いね」「ちょっと変わってるよね」
「そうかな」
「昔からそうだったの?」
「そんなに変わってないと思うよ」と僕は噓をつく。
「昔はぜんぜん話したことなかったもんね。私たち、高校二年までクラスが一緒だったの覚えてる?」とニースが言ったところで、僕は大崎夏帆がニースであることに当確の花印をつけた。しかし、直後に「そうそうB組でさ、落合くんがいちばん後ろの席で」とモナコがつけ加え、僕は当確の花印を取り外す。おそらく二人がトイレに立ったときに、情報を共有したのだろう。
あるいは僕はからかわれているのかも知れない、そう思った。
大崎夏帆がどちらであるか判断つきかねている僕の反応を肴にして、美味い酒を飲みたいだけなのかもしれない。
でもね。でも考え方を変えれば、それは彼女たちが楽しんでいるということだ。もっと言えば、僕が彼女たちを楽しませてあげているということだ。世の中つまらない男ばかりで今日という今日はもうウンザリ、今夜は姉妹水入らずで、最近声をかけてきたイケメンだけが取り柄のクソみたいな元テニスサークルあがりの男どもの悪口でも言ってスッキリしようかしら、と思っていたところに、救世主のように現れて彼女たちを楽しませているのが僕なのかも知れない。
勝算アリ。そう思って、僕は三杯目の男梅チューハイを注文した。
つづく。
立ち呑み 晩杯屋 中目黒目黒川RS店
東急東横線「中目黒」駅から徒歩2分、駅前の目黒川近くの高層ビルの一階にある。夕方になるとお洒落カップルやサラリーマンで賑わう。女性同士で来る客も多い。
住所:東京都目黒区上目黒1-26-1 中目黒アトラスタワー1F
TEL:03-6303-2828
柴崎竜人(しばざきりゅうと)
小説家、脚本家
1976年東京都生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業。東京三菱銀行退行後、バーテンダー、コンセプトプランナーなどを経て、2004年「シャンペイン・キャデラック」で第11回三田文学新人賞を受賞し作家デビュー。
映画「未来予想図 〜ア・イ・シ・テ・ルのサイン〜」、ドラマ「レンアイカンソク」など脚本も多数手掛ける。近著『三軒茶屋星座館』は文教堂 三軒茶屋店で10週連続ランキング1位を記録した。2014年12月、柴崎竜人の新境地を拓く最新刊「あなたの明かりが消えること」発売中。
撮影協力/姉・大文字春奈(トップ写真右)、妹・大文字希望<ともにフジプロダクション所属>現在、双子で活動中
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