「そして――未成年に対する違法な整形の強要は、過去の問題ではありません。現在進行形の由々しき罪であるという証拠を、皆さまにご覧いただきましょう」
佐藤が壇上へと上がり、取り出したタブレットを記者たちに向けた。10インチという小さな画面に会場の全てのカメラが集中する。退出を促そうとしていたスタッフたちの動きも止まり、誰もが見つめる中でその映像は再生された。
『私は、リオ・プロモーションの練習生です。17歳です』
逆光の中で顔は完全にぼかされ、音声も加工された一人の少女。歪んだ電子音が、静まり返ったテント内に生々しく響き渡る。
『私は今、デビューの条件として指定されたクリニックでの顔の整形を勧められています。断ったら、デビューは無期延期になると言われているのに、20歳までは契約の縛りがあって……辞めるためには、高額な違約金が発生してしまうので…そんなの絶対払えなくて、辞められないんです。
でもそれだけじゃありません……私が手術を受けないせいで、一緒に何年もレッスンを頑張ってきた親友もデビューできないと……真壁代表から、直接そう言われています』
「な……っ!?」
真壁の喉から、空気が抜けた様な掠れた悲鳴が漏れた。
『真壁さんの言葉はいつも優しくて…ずっと私たちの最大の理解者だと信じてきました。真壁さんはいつも正しかったし、真壁さんの言うことを聞いていれば夢を叶えることができるって思って、どんなに辛いレッスンだって耐えてきたし、頑張れた。でも私は――整形だけはイヤなんです。私が私であるままで、夢を見ることはできないんでしょうか』
少女の震える声と、顔が隠されていても痛いほど伝わる涙の気配に、タブレットの前に押し合いながら群がった記者たちに、驚愕、そして憤りが広がっていく。
「これが事実なら…グルーミングの告発じゃないか?」
「契約を盾にした脅迫なら、確かに刑事事件にもなる」
「夢の搾取だ。未成年に対する虐待だろ」
狂乱するフラッシュの嵐の中、ともみの心は自分でも驚くほどに凪いでいた。壇上の自席へと戻ったYUMEも、きっとそうなのだろう。その横顔はまるでそこだけ時が止まったかのように穏やかだった。
ともみはテントの最後方の片隅に目をやった。黒いマスクを装着し、深くキャップを被り、その上からパーカーのフードを被った少女――白石ミウが立っている。
ミウとともみの視線が、一瞬だけ交差した。胸の前で小さく、遠慮がちにピースを作ったミウに、ともみも同じようにそっと返した。
「真壁代表、今の告発映像に対する見解をお願いします!」
「契約と違約金を盾にした強要は事実ですか?」
「弁護士先生、これでもまだ虚言とおっしゃるつもりでしょうか?」
集中砲火を浴びる壇上から、松本公子は自分の顔をバッグで隠すようにして逃げ出し、満島弁護士は、「事実関係を確認の上、後日正式に発表します」と繰り返すことしかできない。
終わりの見えぬ喧噪の中――真壁は去ることさえ許されず、生気を失った焦点の合わない瞳で、ただ空を見つめていた。
◆
閉会を叫ぶスタッフに抵抗する記者たちの罵声を背に、ともみたちはスタッフ用の通用口から密かに抜け出した。
佐藤弁護士の手配は完璧だった。未成年のミウはすぐに車両に誘導され、事情を説明された両親の元へと送り届けられた。そして渦中の人となったYUMEもまた、真壁側からの報復やマスコミの追跡を避けるため、佐藤が確保した都内の安全なシェルターへと直行することになった。
用意された車に乗り込む直前、ともみに抱きついたままなかなか離れようとしなかったYUMEの背中を撫でながら、ともみは言った。
「落ち着いたら、うちの店で祝杯をあげよう。でも不安になったらいつでも会いに来ていいからね。待ってるから」
渡したTOUGH COOKIESの名刺をYUMEは宝物のようにポーチにしまった。YUMEを乗せた車がすっかり闇に包まれた森の中へと走り去っていくのを見届け、ともみは山中湖の冷たい夜気を胸いっぱいに吸い込んだ。
関係者駐車場の奥、秋の虫の音が響く木立の前に、黒いSUVがハザードを点滅させて停まっていた。
大輝が買った新しい車。近づいていくと運転席のドアから降りてきた長い足に駆け寄ると、力いっぱいに抱きしめられた。
「お疲れさま」
「うん……疲れた」
「ライブも…記者会見も配信で見てた。すごかったね。本当によく頑張った」
「うん…」
大輝に支えられるように助手席に乗り込み、革張りのシートに沈み込むと、張り詰めていた神経が一気にほどけていくのが分かった。
山中湖から中央道へと向かう、深夜のワインディングロード。
大輝は何も聞かず、ただ優しく車を走らせた。助手席のシートを自分で少し倒したのが最後の記憶になり――ともみはすぐに深い眠りに落ちていった。
◆
赤信号や料金所で車を減速させるたび、大輝は隣の寝顔に目をやった。シートベルトに小さく埋もれ、規則正しい寝息を立てる横顔。
そっと指先を伸ばし、頬にかかった髪を一筋耳の後ろへと払う。柔らかな体温に触れると、胸がぎゅっと甘く疼いた。
「本当に、よく頑張ったよ」
呟くと、それが聞こえたかのように、ともみが身じろぎをして小さく寝返りを打った。
守りたいなんておこがましいけれど――これからもずっと一番近くにいさせてほしい。
この愛おしさを失うことなど、もう考えられない。「大好きだよ」と、その額にそっと唇を落とすと、昨日のことが、もう遠い過去のようにも思えて、大輝は薄く苦笑した。
昨日の昼、大輝は赤坂にいた。
人通りの落ち着いた路地にあるカフェ。秋晴れの陽光に包まれたテラス席で、大輝はキョウコと向かい合っていた。
「原稿が終わったら、すべて話す」
大分の旅館でキョウコは大輝にそう言った。だからドラマのプロデューサーとの3人での打ち合わせが終わったあと、「このあと2人で話しませんか」と大輝から切り出したのだ。
翌日のフェス本番、ともみの一世一代の勝負に駆けつける前に、キョウコが、自分との別れを決めた本当の理由を聞くことになるなんて。それは導かれたようなタイミングでもあるのではと思った。
「もう過ぎ去ったこと。時間は戻らない。それでも聞きたい?」
そう聞かれて大輝が頷くと、キョウコはしばらく黙り込んだ。大輝は急かさなかった。テラスを抜ける秋風が、店の軒先に置かれたオリーブの植木の葉をかすかに揺らしていく。
テラスに面した路地は赤坂とは思えないほど静かだった。どこかの配達員が乗った電動アシスト自転車が、ブレーキの音を残して角を曲がっていく。甲高いさえずりの方を見上げると、抜けるような秋空の電線にスズメが一羽とまり、すぐに飛び去っていった。
その時、ポケットの中で大輝の携帯が、短く震えた。画面に光った名前を見て、大輝の胸がふっとほどける。キョウコに小さく目礼して画面を開く。
『明日、本当に来てくれる?でも無理はしないでね』
ともみからのLINEだった。大輝の口元は自然と緩み、そのまま返信する。
『もちろん。フェスとか久しぶりだし楽しみにしてるよ。ともみも無理し過ぎないで。なんかあったらすぐ電話してね』
すぐに、ありがとう、という返事がきて、大輝はそれに笑顔の絵文字のリアクションを押した。「すみません」と言いながら、携帯をポケットに戻すと、キョウコは首を横に振りながら、フッと小さく笑った。そして、シャンパンのグラスに一度目線を落とし、それをまたゆっくりと大輝に戻した。
「……ごめんなさい、友坂くん。やっぱり、話すのは――やめさせてもらうわ」
大輝は静かに驚き、キョウコの薄い茶色の瞳を見つめ返した。







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この作家さんが描く、次の物語を楽しみに待っています!