その瞬間、ともみはYUMEを強く抱きしめていた。
「よかった…!やったね、YUME、すごいよ、本当にすごい!」
今泣くわけにはいかないと必死に涙をこらえながら、ともみは抑えきれない興奮のままにYUMEの肩を揺さぶった。
「…YUME?」
YUMEの表情が暗い。ともみから目を反らすようにして、唇を小さく震わせている。
「どうしたの?」
「…ダメです」
「え?」
「やっぱり、歌えない。……ごめんなさい」
「どういうこと……?」
小刻みに肩を震わせ続けるYUMEの頬を、涙が伝い、落ちていく。
「どうしたのよ?」
苛立ちを含んだ真壁の声が、スピーカーから鳴り響いた。コントロールブースから舞台までは20m近く離れていて、マイクがなければ、ステージ上のやりとりを聞くことはできない。
「すみません、今のままじゃ…私は……歌えません」
YUMEは震えた声のまま――マイクを使って真壁に応えた。そして深く頭を下げ、足早にステージを降りてしまった。
◆
「それでYUMEちゃんは、原因は教えてくれたの?」
ステージの裏手に用意されたスタッフ用のキッチンカーでコーヒーを受け取りながら、大輝がそう尋ねてきた。湖の方へ歩こうと誘いつつ、ともみは小さく首を横に振る。
「今はまだ話す気になれないみたい。今夜ゆっくり……聞いてみようと思ってる」
「本番は、明後日だよね」
「うん。それまでに……歌う気になってくれるといいな」
誰よりもともみ自身が、YUMEの歌をこのステージで聞いてみたかった。その声に熱狂する観衆を見たかった。それこそが8年前に奪われた、YUMEの夢の続きのはずだから。
ぎゅっと、大輝がともみの手を包み込むように握った。人の気配がない湖畔のベンチに、2人で並んで腰を下ろす。
「ごめんね、本当はフェス当日に来る予定だったのに。明日も仕事なんでしょ?」
「そんな顔しないで」
引き寄せられ、その肩に頭を預けた瞬間、ともみは涙が溢れそうになった。復讐計画を本格的に動かし始めてから、自分でも気づかないうちに張り詰めていたのかもしれない。
YUMEがステージを降りてすぐに、大輝から様子を伺う電話が入った。「何かあった?」と心配され、つい不安を吐露してしまった。すると大輝はわざわざ駆けつけてくれたのだ。
「明日戻って、また来るの…面倒くさくない?」
「絶対に当日も来るよ。ともみの勝負の日なんだから」
大丈夫、きっとうまく行くよ、と大輝の大きな手がともみの背中を優しく撫でてくれる。
― つらいのはYUMEなんだから…私がくじけてる場合じゃない。
フェス当日、本番が終わってからの記者会見が、計画のクライマックスになる予定だった。でもYUMEに無理はさせられない。
― 計画を変えるか……何か、考えなきゃ。
ともみは顔を上げ、湖面から吹きつけた強い風を、正面から受け止めた。
FES前日・東京
「本当にお疲れ様でした」
13時過ぎ。赤坂のオープンカフェのテラス席で、キョウコは大輝に向かって、シャンパンのグラスを掲げた。
「昼間からお酒…って、最高の解放感よね」
「でもキョウコさん、そんなにお酒強くないですよね」
「いいの、気分の問題だから」
2人で執筆した連続ドラマの撮影が無事に終了し、作業は編集の段階に入っていた。
「友坂くんのおかげで、本当に上質な作品になったと思う。ありがとう」
キョウコが微笑むと、大輝が「こちらこそです」と控えめに頭を下げた。
快晴の太陽が、シャンパンの泡にキラキラと反射し、白いテーブルクロスに光の影を落とした。儚げな美しさに、キョウコは不意に感極まりそうになる。
大輝は急かさない。けれど今日こそは逃げられない。キョウコは小さく息を整え、口を開いた。
「もう過ぎ去ったこと。時間は戻らない。それでも本当に聞きたい?」
「はい」
揺るぎのない澄んだ瞳に――自分も誠実さを返さなければならない。キョウコは微笑みを消し、決意と共に大輝を見据えた。
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