港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。
▶前回:本人も気づかぬうちに支配される…信頼関係を悪用した「グルーミング」の恐ろしい罠
「まあ良くなってはきてるんじゃないの。まだ全然足りないけどね」
六本木・東京ミッドタウンの程近くに建つヴィンテージマンション。その6階にある、『リオ・プロモーション』のレッスン室で、真壁は口の端だけに薄い笑みを浮かべて言った。
自作曲を歌い終え、ありがとうございます、とマイクスタンドから離れたYUMEに松本公子がすかさず擦り寄り、ペットボトルの水を差し出す。
「真壁ちゃんは相変わらず厳しいんだからぁ。私なんて鳥肌たっちゃったわよ。やっぱりYUMEの声は最高」
壁一面の鏡にもたれるように座り込んだYUMEがペットボトルを受け取ると、「相変わらず天才ね」と、公子はさらに媚びを重ねる。
「天才って言葉を、安っぽく使わないで」
真壁は公子を一瞥もせず、冷たく言い放った。そのまま立ち上がり、ドアの前で振り返るとYUMEを、そしてともみを見据えた。
「現地での最終リハは生歌でやりましょう。それが最後のテスト。そこまでに仕上がらなければ、今回のフェスはAI生成の声でいくから」
慌てて真壁の後を追った公子に続き、同席していたボイストレーナーもバツの悪そうな会釈を残して部屋を出ていった。2人きりになると、ともみはYUMEの横に座り込み、さっきの歌声を録音した端末を渡す。YUMEは無言のままイヤフォンを耳に押し込み、再生するなり顔をしかめた。
「…確かに、まだ全然、ですね」
真壁の言葉をなぞるように呟くと、YUMEは巻き戻しと再生を繰り返し、スマホにメモを続けていく。
― 昔と、変わらないな。
アイドル時代もそうだった。YUMEは自分の歌に満足したことなど、きっと1度もない。深夜まで録音を聞き返しては練習を繰り返していた。けれど今、その横顔に宿る炎が、あの頃のYUMEとは別人なのだと教えてくれる。
― 復讐心って――すごい。
再会したあの日、歌うことはもう諦めているようにも見えたのに。
― あと、2週間か。
2週間後に山中湖で開催される「SWEET FOREST FES」。自らの声で歌わせて欲しいとYUMEが真壁に直訴したのは、今から1週間ほど前のことだった。






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