唸るように風が鳴った。明美の荒い息、ルビーへ向けられた必死の言葉をともみも思い出す。
「ありがとうとか、ムカつくんだよ」
途切れてしまった明美の言いたかったこと。1つだけとはなんだったのか。
「今度こそこっちが捨てたはずだったのに。結局、またあっちが逃げてくなんてさ」
そんなのずるすぎでしょ、とルビーが笑った。
「会ったら罵倒してやろうと思ってたのに。アンタなんか絶対に許さないって言ってやるつもりだったのに。あんなの見せられたら…ホントにずるい」
頭を湯船の縁にのせて星空を見上げたルビーを、ともみも真似る。
「まあ、確かにずるい、かもね」
「でしょ?」
「でも、ずるくてもなんでも、私はもう一度ルビーに明美さんと話して欲しかった」
「とも姉って、意外とめんどくさい人だよね。お節介だし」
「誰にでもじゃないよ、ルビーのことだから」
めんどくさいしお節介になるんだよ、とともみは正直に伝えた。いつもなら、私って愛されてる~!とでも茶化しそうなルビーが今は黙ったままだけれど、そちらを見ないままともみは続ける。
「めんどくさいついでにさ。約束を破ることにするね」
◆
「ミチ兄、おっは~!」
翌朝8時すぎ。背後からルビーに飛びつかれたミチが、危ねえだろ、と慌ててタバコの火を携帯灰皿で消し、駐車場のベンチから立ち上がる。
「朝は涼しくて気持ちいいね!超晴れてるし、ドライブには最高じゃん」
ご機嫌で助手席に乗り込んだルビーの手にはおにぎりが4つ入った紙袋。ビュッフェの朝食をしっかり食べたのに、ドライブ中にお腹が空くと困るからと、レストランで特別に握ってもらったものだ。
すっかり食欲を取り戻したようで何よりだが、昨夜の夕食で、仙台牛のサーロインステーキを2人前(ともみとミチから半分ずつ奪った)と牛タンのシチューをペロリと平らげ、部屋に戻ってからも、日本酒のお供にしたいと、中華そばとカレーライス(どちらも大盛)をルームサービスで注文し楽々完食、というのはさすがに復活しすぎているのではないかと心配になる。
「ミチ兄、今日も運転よろしくお願いしまーす」
「…呼び方、戻したのか」
「呼び方って?」
沈黙したミチの代わりに「もう、ミチさん、って呼ばないわけ?」と、ともみが後部座席から突っ込む。
「あ、忘れてた。でも、あれ?あれあれあれ?」
「なんだよ」
「もしかして、ミチさん、って呼ばれないと寂しい?」
「そんなわけねぇだろ」
だよねぇ~とはしゃぐルビーに、フッと微かに口角を上げたミチとバッグミラー越しに目が合うと、ともみも自然とうれしくなった。
「運転中にお腹がすいたら、おにぎり食べさせてあげるからね」
「15分しか運転しねぇのに、腹がすくかよ」
自分の胃袋を基準に考えるんじゃねぇよ、と、呆れながらミチは車を発進させた。目的地はもちろん、明美が待つ施設だ。早朝に医師から連絡があり、明美が目を覚まし、状態が安定していることから面会が可能と言われて向かっている。
窓の向こう、木々の間をキラキラと流れていく朝の光が眩しくて、ともみは目を細める。昨夜ともみは――明美との約束を破ってしまった。明美の秘密を、ルビーに話してしまったのだ。






この記事へのコメント
ともみ、よく言ってくれたけど
今週も切ないなあ
こんな女の友情うらやましい