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5歳の頃から芸能活動をしていたともみは、形式上はオーディションでQUINTZに選ばれたことになっているが、実は当時の所属事務所の推薦を受けて、オーディション開催前にはメンバーに内定していたが、YUMEは正真正銘、オーディションに合格したメンバーだった。
学校や友人になじめず不登校気味だったYUMEにとって、唯一の心の拠り所が、大好きなアイドルたちだった。彼女たちの曲を聴き、歌っている間は幸せでいられる。その想いがいつしか“自分もアイドルに”という希望に変わり、最初のオーディションを受けたのは14歳の時。その後も何度か応募するも、その度に抜群の歌唱力を認められながら、いつも、「顔が惜しい」と落とされ続けてきた。
そして16歳の時に受けたQUINTZのオーディションで、憧れの音楽プロデューサーだった、真壁リオから「あなたの才能に惚れこんでいる」という甘い言葉と共に、「でも今の顔のままでは…」と整形を条件にしたデビューを提示されると、葛藤したものの、結局は夢を叶えるために、目、鼻、顎…と、大人たちに言われるがままに全顔に近い美容整形を決意した。しかも親には内緒で。
未成年は親の許可がなければ整形できない。つまり違法だが、“芸能界御用達”の医師により(表向きはクリーンな美容外科クリニックの院長)、YUMEの顔は大人たちの希望通りに作り替えられた。そうして圧倒的な歌唱力を持つYUMEを柱にしたQUINTZは、松本公子と真壁リオという2人のヒットメーカーのプロジェクトとして、華々しく、順調な滑りだしを見せた。
けれど、デビュー2年目のレコーディング中に異変は現れた。YUMEの最大の魅力でもあった、地声と裏声の境目がない『ミックスボイス』。それが響かなくなり、声がこもるようになってしまったのだ。
ともみがレコーディングスタジオのトイレで泣いている彼女を見つけたとき、YUMEは「顎がおかしい。痛みがあるし、口が今までみたいに動いてくれない」と告白。ともみはこの時初めてYUMEから、なぜ整形したのか、その経緯の全てを聞くことになったのだ。
YUMEは、顎を大幅に削った手術の後、骨が安定する前に無理な発声トレーニングを重ねたことが原因で、顎の骨にわずかなずれが生じた可能性があると診断され、医師に「元通りになる可能性は低い。悪化して完全に歌えなくなる可能性も」と告げられてしまう。
やがて医師の診断の通りに…というべきか、顎を動かすだけでも痛み、麻痺さえ感じるようになったYUMEは、どんどん心を病んだ。唯一の心の支えだった歌。整形してまで叶えた夢。それらを失った絶望。なんとか寄り添おうとしたともみの声も全く聞こえていないようだった。
「他のメンバーを動揺させたくないから、YUMEが歌えなくなった本当の理由はともみだけの胸に秘めておいて欲しいの」
真壁と公子、2人にそう頼まれ、他のメンバーには「YUMEは酷いアンチコメントに耐え切れなくなって心を病んだため、休養が必要」と説明され、その後世間にも、YUMEの無期限休養が発表された。
世間には休養と発表しながらもう戻ってこれないと分かっていた大人たち――公子と真壁は、QUINTZを、YUMEを除いた“4人組”へと作り替えた。5人グループがそれぞれ違った魅力で輝く5重奏という意味をこめた、QUINTZというグループ名だというのに。次の楽曲からは、YUMEのボーカル力を柱とした5人の歌唱力を活かすものから、ダンスビートの強い、踊ることでボーカルをごまかすようなものになった。
大人たちはずるい、そして怖い。ともみは嫌悪感と恐怖を抱き、なによりYUMEを思うと、悔しくて悲しくて怒りに震えた。なのに。
― 私だって、ずるかった。
大人たちが、YUMEを甘い誘惑で整形へと誘い、YUMEの人生は壊れたのに。それが間違っていることを分かっていながら、結局ともみは…アイドルとして成功するという夢を捨てきれず、公子や真壁の言う通りに動いてしまった。その罪への苦さと後ろめたさが、今もずっと消えることはない。
そして、YUMEの行方は――今もわからないままだ。
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「もし整形のリスクを知っていたら――整形を止めていましたか?」
ともみの問いに視線を上げた公子の目が充血し濁っていることに、なぜかむなしくなりながらともみは続けた。







この記事へのコメント
整形させられたのは辛い過去だけど、また歌えるようになっていたらいいなあ。
それなら力を貸してあげたいね。