なぜそう想うようになったのかを伝えるために、ともみが言葉を選んでいると、ルビーが「オッケ~」と笑った。
「え?」
「いいよ、どんどん変えちゃって~」
「まだ何の話か、全く説明してないけど?」
「ともみさんがやりたいことなら、全部オッケーだし、内容なんて気にならないもん。なんでもいいよ。なんでも手伝う」
ウィンクを決められれば惚れ惚れしてしまう。ルビーは本当にかっこいい。逞しく、そして、したたかでなければ生き残れないこの街で、弱みを見せることを嫌う女性たちに必要なのは、やはりルビーだ。ともみは改めて清々しく思った。
◆
― この人が――あの松本公子…?
予定の19時を10分ほど過ぎた頃、TOUGH COOKIESのインターフォンが鳴った。「前の打ち合わせが押しちゃって」と、遅れたことを詫びもせずに、言い訳と共に入ってきたその人は、ともみの記憶の中とはあまりにも違っていた。
身なりこそ以前と変わらず、ハイブランドのセットアップ――おそらく彼女が好んでいたセリーヌかサンローラン…で固めてはいるけれど、当時ヨガや筋トレを欠かさず整えていた体にはたっぷりと贅肉がつき、二重顎で顔のラインも緩んでいる。おそらく20キロ近くは増えたのではないだろうか。脂っぽくざらついた肌を化粧で隠しきれておらず、それらは不摂生によるものだと容易に想像できてしまう。
すまし顔のルビーに案内された公子は、カウンター席に座りながら、使い込まれて擦り切れの目立つヴィトンのバッグを、これ見よがしにカウンターテーブルの上に置いた。
「これ。QUINTZ(クインツ)の曲が初めて20万枚売れた時、みんなでお金を出し合って買ってくれたバッグ。覚えてる?」
「…ええ、もちろんです」
以前よりしゃがれた声に、ともみは笑みを作る。忘れるわけはない。QUINTZ(クインツ)と略して呼ばれていた、QUINTZ-G(クインツ・ジー)――ともみが所属していたアイドルグループの2曲目が予想以上に売れ、誰が言い出したのか、プロデューサーである公子に感謝のプレゼントを選ぶことになったのだ。メンバーとスタッフが、高くはなかった給料から出した数万円。この人が操る“夢”を信じきって傾倒していた幼い自分が、今となれば、ただ哀れだ。
「ビジュアルは全く劣化してないけど……まさかともみが水商売をやるなんてね」
「そうですか?」
「そうよ。だってだれよりプライドが高い子だと思っていたから。元アイドルが水商売なんて…どんな風に言われるか、わかるでしょ?だから意外だった」
水商売を蔑むような公子の言葉に、なんとなくルビーの反応が気になり横目で伺うと、にこやかな笑みを浮かべたまま…だと思ったら、カウンターの下、公子に見えぬ位置で中指を突き立てている。ともみは吹き出しそうになったのをなんとか堪えて公子に意識を戻す。
「私はこの仕事にやりがいを感じていますよ。今、とても」
ふうん、と値踏みするような視線で、ともみとルビーを見比べてから公子は続けた。
「まあ、確かにあなたは昔から要領が良くて器用だったから。空気を読むのも早いし、場を回すのも上手い。大人に好かれる術は心得てたし、サービス業には向いてるのかもね」
「それは、お褒め頂いていると思って宜しいでしょうか」
「もちろん」
昔と変わらず、自分が優位者なのだと疑わない、一方的な物言い。けれど恐ろしさはない、と感じたと同時に、ああ、あの頃の自分はこの人を恐れていたのだと、ともみは改めて思い出した。
公子は「強い酒ならなんでもいい」と言った。ともみが、当時公子が好んでいたウォッカを選び、ストレートで、とルビーに指示すると、酒が出てくるのも待てぬ様子で、公子は切り出した。
「ともみに会いたかったのは、ともみにとってもいい話があるからなのよ。あなたもう一度――こっちの世界に戻ってきなさいよ」





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