A2:“オジアタック”が本当に無理すぎた。
孝雄が予約してくれていたのは、神谷町にあるフレンチレストランだった。お店はとても素敵でかつ高級店だ。
少し緊張しながらもお店へ向かうと、既にウェイティングエリアに孝雄は着いており、慌てて挨拶する。
「こんばんは。今日は宜しくお願い致します」
しかしこの時から、そもそも私と孝雄の認識は違っていたのかもしれない。
「そんな堅苦しい挨拶やめようよ、笑。今日は楽しく食事をしよう」
こうして席へ案内され、二人きりでの食事が始まった。ただし、そもそも論として。他に誰かいるのかとも思っていたし、二人きりなのは少し意外だった。
それに、今日は“仕事の話なども含めて”だったはず。
けれども最初の乾杯が終わってからすぐに、私は今日の食事はまったく想像していた目的と違うことに気がついた。
「果林ちゃんは、普段どういう所で食事をしているの?というか、お家どこだったっけ。お店の場所とか決める時に、先に聞けば良かったよね、ごめん」
「いえいえ、とんでもないです。私は今、三宿の方に住んでいます」
「そうなんだ。ひとり暮らし?」
教える義務はないけれど、聞かれた以上、ちゃんと答える。
「はい。そうです。このお店は、よく来られるんですか?」
「うん、たまに。本当はもう1軒、果林ちゃんを連れて行きたい店があって。西麻布にある鮨屋さんなんだけど。今度一緒に行こうよ」
― あぁ、そうだよね。
この時点で、私はもうすべてを悟った。“仕事の話”なんてただの嘘。私を釣るための常套句でしかなく、本当は下心満載のデートが目的だった。
そんなことを考えていると、いつの間にかグラスが空になっていた。
「好きなもの、頼んでね」
「孝雄さんは、何にされますか?」
「どうしよう…この後、何にする?もし飲めるなら、ワインのボトルとかでもいいけど」
「いいんですか?」
「もちろん。じゃあ適当に選んじゃうね」
ワインボトルが二人の間に置かれるものの、私はこの食事が一刻も早く終わることを望んでいた。
なぜなら、先ほどからどんどん孝雄の距離が近くなってきているから。
「美香とは、結構長い付き合いなの?」
「いえ、そんなことないですよ。孝雄さんは、どこで知り合ったんですか?」
「僕は友達の友達で…ちなみに果林ちゃん、今お付き合いしている人とかいるの?」
「今はいないですよ〜」
「そうなんだ。ちなみに、僕はオンオフしっかり分けられる人だから。果林ちゃんとはプライベートな方で、もっと仲良くなりたいなと思ってるよ」
― この人は、何を言っているんだろうか。
心底、そう思った。
もしただのデートなら、最初から仕事をぶら下げて釣るのをやめてほしい。それにそういう理由ならば、私は今日ここに来なかった。
しかしそんなことを考えていたせいか、うっかりテーブルの上にあったグラスを倒してしまった。
「ごめんなさい!おケガないですか?本当にごめんなさい」
「こちらは大丈夫だし、まったく問題ないよ。むしろ果林ちゃんは大丈夫?洋服とか、濡れてない?」
「私は大丈夫です。すみません…」
「本当に気にしないで」
その時だった。
孝雄が、まさかの私の頭を“ポンポン”と撫でてきたのだ。
― え…無理!!!心底、無理!気持ち悪い!
そう叫びたくなった。でもここは高級店だし、そんなことを叫ぶわけにはいかない。だから私は笑顔で、孝雄の手をさっと払う。
正直、ここからの会話はほぼ聞いていない。1秒でも早く終わることをひたすら祈り、他のことを考えるようにしていたから。
そして、本当はお会計も自分で払おうと思っていた。なぜなら、ここで借りを作りたくなかったから。
しかしお手洗いに行った隙にさっと会計を済ませてくれていた孝雄。
「ご馳走さまでした。すみません、ご馳走になってしまい。お支払いしようと思っていたのですが」
お店の外へ出て、とりあえずお礼だけちゃんと言って、早く帰ろうとした、その瞬間…。
「そんなのいいよ。本当に楽しかったね。まだ帰したくないから…この前行ったバーへ行かない?」
そう言いながら、次は私の手を握ってきた孝雄。
― む、む、無理すぎる…。
これはセクハラにならないのだろうか。心底気持ち悪く、今度は本当に強く手を振り払った。
「すみません、明日朝早いので今日は帰りますね」
「残念…。じゃあタクシーで送ろうか?」
孝雄と一緒にタクシーになんて、絶対に乗りたくない。
「いえ、このまま今日は電車で帰るので大丈夫です」
「気をつけて帰ってね。またすぐに」
「はい、ご馳走さまでした」
14歳も年下なのに、どうして“いける”と思ったのだろうか。むしろ“いける”と思わせてしまった自分も悔しい。
世の中には、素敵な年上の男性もたくさんいる。そういう方々は紳士的で優しくて、グイグイ来ない。
でもたまに、孝雄のような“オジアタック”な人もいる。
「本当に、気をつけよう」
そう心に誓いながら、私は帰宅後。いつもの倍くらいの時間をかけて手洗いうがいを行った。
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春の訪れ、恋の始まり








この記事へのコメント
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そもそも論として他に誰かいるのかとも思っていたから二人きりなのは意外だった。
🤣🤣
答え合わせとして成立しないネタ。