デートは前回も前々回も、ただ美味しいお鮨を2人で食べるだけ。そして…。
― まだ、一緒にいたいな…。
どれだけ強くそう願っても豪さんは絶対に、門限の21時までに私を家に帰してしまうのだ。
「それで、先週もまたお鮨を食べて、20時半に解散した…と」
「うん」
「帰り際に『まだ帰りたくない』ってちゃんと伝えてるの?」
「そんなこと、恥ずかしくて言えないよ」
「手は繋いだ?」
「手も…繋いでない」
矢継ぎ早に繰り出される質問は、そのまま私の心を抉る刃物になるみたいだ。
うつむいてカフェラテの水面を覗くことしかできなくなってしまった私を置いて、レイカとマミはついに、私の目の前で堂々と談議を始める。
「キスどころか手も繋いでないってさ」
「ねえ。こんなこと言ったらアレだけど、栞っていままで1人も彼氏いたことないよね。よく考えたら、男の人と手を繋いだことないってこと?」
「お鮨屋さんにしか行ったことないっていうのもどうなんだろ。最初に行ったお店も夜中に駆けつけたお店も、そのあとの2回のデートもぜーんぶお鮨屋さんなんでしょ」
「豪さんとしかデートしたことないんだから、男の人とはお鮨屋さん以外行ったことないってこと?」
「それって、栞は豪さんにただのお鮨友達だと思われてるってこと?」
「スシフレ?って言葉ってあるのかな」
自分のことながら居た堪れなくなった私は、自暴自棄な同意の声を上げてふたりの会話を中断する。
「もう〜、そうだよ!私は今まで23年間恋愛経験ゼロの、世間知らずの、豪さんのただのお鮨友達、スシフレだよっ!
だからこうして彼氏のいるふたりに、どうしたら今の状態から先に進めるのか相談してるんじゃないのよぉ〜」
テーブルに突っ伏して本格的に落ち込み出した私を見て、レイカが小さな子どもをあやすように私の頭を撫でる。
「ごめんごめん。でもさ、最初に『デートしたい』って言えたのはよかったよね」
その横でマミが、しみじみと同意するように頷く。
「そうそう。しかも、公衆の面前で。絶対相手に断らせない!っていう、栞にしては上出来な上級テクニック」
「ねえ、そんなに大胆なことが一度はできたんじゃない。どうしてデートになると『まだ帰りたくない』って言えないの?」
レイカの問いかけに、私はゆっくりと顔を上げながら、小さな声で答える。
そんなこと、決まっている。あの公然告白の時は、ヤケ酒のせいで酔っ払っていたのだ。
「でも、いざデートとなると…。大酒飲みって思われたら恥ずかしいから、お酒は豪さんより飲まないようにしてる。
それに、会えるだけで胸がいっぱいで、いつもみたいにおかわりは食べられなくて…」
これまでどれだけ、好きに飲み食いしていたのか。それもこれも全て、いままで恋を知らなかったからなのかもしれないと思うと、自分で言っていて情けなくなる。
だけどレイカとマミは、どんどん落ち込む私とは裏腹に、愛おしげな微笑みを浮かべてふたりで見つめ合う。そしてさっきよりも一層優しい声で、私を猫可愛がりするのだった。
「栞、本当に恋してるのねぇ。おかあさん嬉しいっ」
「あの大食いで大酒飲みの栞が、男の人の前でおかわりを恥じらうなんて。かわいいっ」
「そりゃ、栞は私たちとは比べものにならないくらいの本当の箱入り娘だもんねぇ」
「あれだけ家族に大切にされてると、こんなに純粋になるんだねぇ」
「もう、レイカもマミもバカにしてっ!ねえ、お願い。私本当に、豪さんのお鮨友達なんて辞めたいの。
ひとりの女性として豪さんに好きになってもらうにはどうしたらいいのか、どうか、どうか教えてください」
頭を撫でる手を振り払い、私は半泣きで懇願する。
するとふたりは、私の人生の大センパイらしく少し妖艶な微笑みを浮かべながら───これから私が行うべき作戦を立て始めてくれたのだ。
◆
その翌週。
私が大きく手を振っている場所は、夜の麻布十番だ。
「豪さーん!こっちこっち、こっちですー!」
商店街から一本奥に入った裏路地にある雑居ビルの前で、豪さんと落ち合う。
時刻はなんと、22時。こんなに遅い時間に人と待ち合わせをするのなんて、人生で初めてのことだった。
「栞ちゃん、お鮨以外もイケるんだ?それにしても、こんな遅くに大丈夫なの?」
「はい、時間は全然大丈夫です!ここのお店、友達からすっごく美味しいよって教えてもらったんですけど、予約がこの時間しか取れなくて。
そんなことより、豪さんってワインお好きですよね?」
「あ、うん。出張でよくロスに行くから、カリフォルニアのワインは飲むこと多いよ」
「よかったぁ。ここ、色んなワインも飲めるみたいで。付き合ってもらえて嬉しいです!じゃあ行きましょっ」
― どうしよう、今日の豪さんもカッコイイ…。「カリフォルニアのワインは飲むこと多いよ」、だって!キャー!
すごく不思議だ。好きという自覚を持ってからというもの、豪さんのかっこよさは日に日に倍になっていく。
その眩いルックスに目が眩みそうになりながらも、私はどうにかビルに足を踏み入れ、エントランスのインターホンで予約時に教えてもらった暗証番号を押した。
「おお…なんか、すごい隠れ家感あるお店だね」
「ですよね、大人って感じですよね!」
エレベーターが開錠され、導かれるままお店がある8階へと上がる。
頭の中では、ランチの時にレイカとマミからもらったアドバイスが流れていた。
『いい?栞。まずは、いつもとは雰囲気の違うムードのある店に行くのよ。それも、遅めの時間にやってるデート向きの店にね』
脳内のふたりの声は、まるでなにかの試合の実況アナウンスみたいだ。
だとすれば、8階への到着を告げるエレベーターの音声は、開幕のゴングだと言えるのかもしれない。
― レイカ。マミ。私、がんばるよ…!







この記事へのコメント
手すら繋いだ事が一度もない栞が....家に行っても・・・🔞