8年前の夏・六本木
地下鉄の駅から六本木の交差点に上がった明美は、体の大きな外国人の大きな笑い声と強い香水の匂い、露出度の高い服を着た女性たちの呼び込み、細い道にもかかわらず乱暴に入り込んできた黒塗りの高級車のクラクションとそれに怒鳴り返す黒服の男性…にいちいち怯えながらも、自分を奮い立たせて興信所から送られてきた住所を目指した。
何度も、何度も路地を曲がり、闇が深くなった行き止まりに、そのビルはあった。
― 4階、よね。
7、8階建てのビルの入り口に、各階のテナントの看板が並べられていて、ルビーが働いている店も確かにあった。
ピンクの電光文字で『ホワイト♡プリンセス』という店名が書かれた看板の上に、乱暴な手書きで『初回、飲み放題5,000円プラン』と張り紙が足されていたが、長い間放置されているのだろう。所々破けて黄ばんだそれは頼りなく、今にも吹き飛びそうだった。
店が開くのは19時からでルビーの出勤時間もいつもその頃だ、というのが興信所からの報告だった。今は18時少し前。出勤してくるルビーを捕まえたいと、明美はビルから少し離れて、入り口が見える位置で待つことにした。
携帯を取り出し、興信所からのメールを開く。興信所からは店の住所と共に、数枚の写真も送られてきていた。男性と腕を組んで歩くルビーが、今明美の目の前にあるビルに入っていくまでが連写されていて、胸の谷間も肉感的な体のラインもあらわなミニドレスが板についたルビーが、まさか15歳だとは誰も思わないだろう。
男性の体格は良く、首回りにも手首にも、さらに指にも金銀の貴金属。黒いTシャツを肩までまくり、剥きだしになった筋肉質な太い腕には、肩から手の甲まで隙間なくタトゥーが入っている。
― お客さんか…それとも…。
恋人という可能性もあるのだろうか。この男性はルビーの本当の年齢を知っているのだろうか。不安と焦りでいっぱいになりながらルビーを待ち続け、30分くらい経っただろうか。ビルの前にたむろしていた3人の男たちと目があった。
それぞれ派手なスーツを着崩し、シャツのボタンを胸どころかお腹まで露わになりそうなほどに開けた金髪と銀髪と黒髪の男たちが、ニヤニヤとお互いに目配せをしたかと思ったら、「おねぇさ~ん、誰か待ってるのぉ~?」とからかう口調で近づいてきて、明美はあっという間に囲まれてしまった。
「あれ、お姉さん結構可愛いじゃん」
「田舎から出てきたばっかりって感じ?オレ、こういう子大好物♡」
「ずっと、そこにいるよね。待ち合わせすっぽかされちゃったんじゃない?だったらさ、オレらの店においでよ、ね?」
男たちは明美を、実年齢の36歳よりも随分若く捉えたようだった。オレらそのビルの8階のホストクラブで働いてんの、とルビーが働くビルを指さした金髪に腰を引き寄せられ、明美は恐怖で固まった。
放してください、という声が震えてしまい、かわいい~と笑われながら強引に歩かせられ、銀髪の腕が肩に回り、黒髪に背中を押されて、エレベーターに連れ込まれそうになった時だった。
「その人、嫌がってるように見えるけど」
後ろから低い声が聞こえたかと思うと、明美の体が急に軽くなった。まとわりついていた、金銀黒の3人が引き剥がされたのだと気づいて、振り返ると、2m近くありそうな長身の、目の下に傷のある男性が立っていた。
「あ?なんだアンタ」
凄んだ金髪を無視して男性は、お姉さん、と明美に声をかけた。
「そいつらの店に行くの、合意ですか?」
「ち、がいます」
「じゃあ、こっちに」
ちょいちょい、と手招きされ、訳が分からぬまま明美が男性の方へ歩くと、男性は自分の背に明美を隠すように立ち、男たちに言った。
「合意じゃなきゃ、風営法違反ってことで。お姉さん、もう行っていいですよ」
男性はニコリともせず無表情のままそう言ったけれど、ルビーを待つことが目的の明美は立ち去るわけにはいかない。どう伝えようかと迷っていたとき、「アンタ、イラつくなぁ」と銀髪が、明美を庇う男性の肩を強く押し殴りかかってきたように見えた…のだが。
明美の目の前の大きな背中が揺れた、と思った瞬間には、銀髪が地面に転がっていた。明美が呆気にとられていると、またも後ろから声がした。
「あ~あ、どこの坊やだい、うちの番犬にケンカを売っちゃったバカは。狂犬になる前にとっとと逃げた方が、アンタたちのためだと思うけどね」
それが、西麻布の女帝・光江と明美の出会いだった。
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この記事へのコメント
いいところで終わるなぁ光江さん登場して続きは来週…
手招きなんてされたら。明美さんよく恋におちなかったね🤣
文章表現があまりにも鮮やかで、読みながら頭の中に情景が自然に浮かぶ。 ミチ ( 登場人物全員だけど) のキャラは常に一ミリもぶれず一貫していてお見事!