「なんとか、思いとどまってほしくて、もうすぐ一緒に暮らせるかもしれないと、伝えたんです。でも呆れたような顔をされてしまって。それはそうですよね…私も、その日に言うつもりはなかったんですけど…」
私、焦ってしまったんです、と明美は顔を歪ませた。
「私にそんなこと言う資格はないかもしれない、でも、なんとか高校には行って欲しくて。私と一緒に暮らすのがイヤでも、まだ働く必要はない、学費のことなら心配しなくてもいいと伝えたんです。でもルビーちゃんは、もう本当に冷静で、怖いくらいで…」
あの時の静かな目が、ずっと忘れられません、と明美は携帯を握る手にぎゅっと力を込めた。
「高校でやりたいこともない。それよりも早くこの施設を出て自由に暮らしていきたいと」
それは施設のことを考えての言葉でもあったと、明美はあとで知ったのだという。
「ルビーちゃんがお世話になっていた施設は、都の委託を受けた社会福祉法人が運営してくださっていて…私も寄付という形で毎月お金を送らせて頂いていたので、予算に余裕があるわけではないことは知っていたんですが……ルビーちゃんは自分がいなくなれば、施設の負担が軽くなるし、新しい子どもだって引き受けられるって、考えてたんじゃないかって。言葉にはしないけど、そういう子だからって、施設の先生たちはおっしゃっていました。
先生たちは、あなたもまだ子どもなんだから、気にせず高校に行きなさい、お母さんと暮らすのがイヤならここから通えばいいじゃないって、何度も何度も説得しようとしてくださったみたいなんですけど」
結局ダメでした、と明美は呟いた。
「14歳って…結構大人になれてしまうものですよ」
ゆっくり顔を上げた明美の瞳を、ともみはまっすぐに捉えた。子役として幼い頃から大人に囲まれて仕事をしてきたともみも、14歳の頃には、社会人としての責任感のようなものも既に芽生えていたと思う。
― ルビーの場合は、責任感とか、生易しいものじゃなかったと思うけど。
これまでルビーに感じ続けてきた、年齢には不似合いの、人間としての凄みのようなものが、望まぬ苦しみの中で育まれたものだというのなら…やりきれない気持ちで、ともみは聞いた。
「それで……ルビーは年齢をごまかして働き始めた、ってことですね。この辺りで、ですか?」
2人きりのTOUGH COOKIESに、冷蔵庫のファンの、ブーンという音が異様なほど大きく響いた。
「六本木のキャバクラでした。どうやって歳をごまかしたのかは分からないんですけど、中学を卒業してすぐに」
ルビーは今、TOUGH COOKIESでの勤務日以外は、ポールダンサーとしても働いている。以前にキャバクラで働いていたことは聞いてはいたが、まさか15歳で働き始めていたなんて。
「私がそれを知ったのは、ルビーちゃんが働き始めてから、1年くらい経った後でした。ルビーちゃんは中学を卒業と同時に施設を出てからは行方が分からなくなってしまって。ただ定期的に、施設の子どもたちに差し入れや寄付を送っていたみたいで、施設の先生たちとの連絡は続いてるとのことだったので、そこからなんとか住まいを探って…」
明美は興信所に依頼し、ルビーの働き先を特定したという。
「六本木のキャバクラ…と言えるかどうか……私が訪ねた時にはもう、働き始めて半年以上が経っていたみたいです」
年齢を詐称したルビーを雇っていたなら、明らかな違法雇用で、店も雇い主もまっとうなはずはないけれど、そんな店は今でも存在するのが現実だ。明美は、まるで昨日のことのようにはっきりと覚えている、と、ルビーの店を訪ねたときのことを話しはじめた。







この記事へのコメント
いいところで終わるなぁ光江さん登場して続きは来週…
手招きなんてされたら。明美さんよく恋におちなかったね🤣
文章表現があまりにも鮮やかで、読みながら頭の中に情景が自然に浮かぶ。 ミチ ( 登場人物全員だけど) のキャラは常に一ミリもぶれず一貫していてお見事!