両親がとにかく気になっていること。それは、私の異性関係についてだ。
「最近どうなの?」
「いい人はいるの?」
「一度くらい誰か連れてこないの?」
「幼馴染のあの子もこの子も、もう結婚したのよ」───。
仕事の話も国際ニュースも、友達の話も芸能人のゴシップも。結局どんな話題も、最後に行き着くところは結婚の話。
別に、遅い反抗期中というわけでもない。「早く彼氏のひとりでも紹介してよ」みたいな軽いノリであれば、私だって「ハイハイ」で終わらせることができる。
でも、最近は両親くらいの年齢になっても、ネットやテレビで色々な価値観に中途半端に触れているらしいのがややこしい。
「今時は、40歳くらいまで結婚しなくても普通なんだもんな…?」
「市子が好きになった人なら、お父さんもお母さん、どんな人でも応援しようっていつも話してるのよ…?」
あんまりスルーを続けすぎると、おかしな気遣いまでしてくるのには参ってしまうし、なんだか申し訳ない気分にもなってくるのだ。
― はあ、悪気がない分タチが悪い…。
そんなことを考えながら夕飯のカレーを進められずにいたところ、母との会話は「今の会社は忙しすぎるんじゃないの?」から始まり、「女の子なのに仕事ばっかり」を経て、やっぱりたどり着いたのは結婚の話だった。
「来年のお正月は、市子が誰か連れてくることもあるかもねぇ」
実家にも、この話題にも、カレーにも飽き飽きしていた私は、もう上手い返事が見つけることができずに無言でスプーンを置く。
そして、テレビから流れるお笑い番組の空笑いをBGMに、心の中で思い切り叫ぶのだった。
「私だって、できることなら豪くんを連れてきたいよー!!!」…と。
消耗し切った私が逃げ込んだのは、2階の自室だ。
結局カレーはあまり進まなかったから、お腹は軽く空いている。どこかでおしゃれな場所でゆっくり美味しいものが食べたかったけれど、時刻はもう21時過ぎだし、このあたりには日曜日の夜遅くまでやっている店なんて思いつかない。
コンビニくらいならあるけれど、そんなものを夜食にしてしまっては罪悪感の方が優ってしまいそうだ。手持ち無沙汰な私はこの家では結局、自室を整理することくらいしかやることがない。
だけどそれはそれで、違う種類の辛さがあるのだ。
だってここは、私が18歳まで過ごした部屋なのだから。
それはつまり、高校生の頃の自分が豪くんへの想いを募らせていた場所…ということでもある。
クリスマスのイベントの前夜。夜の新宿で女の子と歩く豪くんを目撃して、眠れずに近所のおでん屋さんに駆け込んで…。美味しいダシで体温を取り戻し、勇気を振り絞って送ったLINE。
『久しぶり。少し話せないかな?』
たったそれだけの短いメッセージだったけど、送る時は指先が震えたし、勢いをつけるために全く飲めないお酒まで一杯飲んでしまった。
だけど…。
結局そのメッセージは、夜中に送信取消しをしてしまった。
だって、おでんを食べ終わり、お酒まで一杯飲んで、それからゆっくり歩いて家に帰ってからも、ついにそのメッセージは既読にならなかったから。
豪くんのLINEの返信がものすごく早いことは、よく知っている。
再会してから付き合っている間もずっと、豪くんはいつだってどんな時だって、すぐに返信や通話を返してくれたのだ。
そんな豪くんに送ったLINEが何時間も既読にならないなんて、普通のことじゃない。
未読スルー。考えられる理由はただ一つ…。
…と、それ以上考えを進めることができなくなった私は、気づいたときにはメッセージを取り消していた。吐き気と動悸に襲われたのは、珍しく飲んだお酒のせいじゃなかった。
だって、恥をかく準備はできていたけど。
当たって砕ける覚悟はできていたけど。
まさか、ブロックされるくらい完全に嫌われているかもなんて───。
そんなのあまりにも恐ろしすぎて、とても受け止められそうにはなかったから。
それ以来、結局連絡はできていない。
とにかく何も考えたくなくて、年末年始はクリスマスも大晦日もお正月も仕事をしまくって過ごした。
ついに仕事も落ち着いてしまって、豪くんの思い出ばかりの東京でから目をそらすために帰ってきた実家だったけれど、私の考えはなんて浅はかだったのだろう。
だって、豪くんとは高校の同級生だったのだ。よく考えてみれば、私の地元は豪くんの地元でもある。豪くんの思い出からは逃れられるわけがない。
― ああ。神様、助けて〜!
26歳にもなって、高校時代の勉強机に突っ伏して神頼みしかできない自分がつくづく嫌になる。
だけど、おでこを机にぶつけながらひとつ気づいたことがあった。新年を迎えたというのに、まだ初詣に行っていない。
どこにも居場所がない気持ちになっていた今の私にとってそれは、今できる最適な気分転換のように思えた。
◆
「はあ〜、さむっ!」
1月の夜の風は、刃物みたいに冷たい。閑散とした神社の境内ともなれば、寒さはなおさらだ。
石畳の冷気はUGGのブーツ越しにも伝わってきて、ろくに夕飯も食べていない体を芯から冷やす。
だけど私は不思議と、この感覚が嫌いじゃなかった。
鎌倉は、初詣の一大スポットだ。鶴岡八幡宮や江島神社などは、毎年たくさんの人でごった返すことになり、とてもじゃないけど新年を迎えてすぐに行く気にはなれない。
だから我が家の初詣は昔から、時期を少しずらした上で人けのない夜や早朝に行くことが珍しくなかったのだ。
思い立って訪れたのは、近所の小さな神社だ。
人気の神社じゃないのだから、この時期であれば日中でも全然混んではいないだろうし、22時をすぎた神社なんて不気味に感じる人もきっといるだろう。
でも私にとっては、こんなふうにおかしなタイミングで来てこそ初詣という感じがする。
― そうだよ。せっかく新年になったんだし、気持ちは切り替えないといけないよね。
誰も聞いていないのだから、いっそ大きな声で「豪くんを忘れさせてください!!」と叫んでしまおうか。
そんなふうに考えながらお賽銭箱の方へと近づいていった私は、珍しく先客がいることに気がついた。
22時すぎの神社で後ろから足音が聞こえたことに、先客も気をとめたのだろう。鈴を鳴らそうとしていた背中がゆっくりと振り向く。
そして、その顔を見た途端。私は、冷えた体がさらに氷みたいに一瞬で冷たくなるのを感じた。
夜の神社でこちらを振り帰った先客。本当に、本当に、信じられないことにそれは────豪くんだったのだ。








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