― こういうところも遺伝する、のかな。
まるでこれまでのやり取りを忘れたように…というか、あんなに激しく拒まれながら、許可もとらずにルビーの前に座る強引さと、突拍子のなさ。ルビーと出会った頃には随分、ルビーのそんな行動に驚いていたなと、ともみは懐かしく思いだした。
言われた通りにエビを始めとしたすり身を皿に盛りつけ、追加の2杯のシャブリと共に、テーブルに運んだ。
「本当にいいんですか?白ワインで」
一杯はともみの分だが、もう一杯は明美が、せっかくだからルビーちゃんと同じ白ワインをお願いします、と頼んだのだ。
「ノンアルの美味しいワインもありますよ?」
「いえ、よく考えたらルビーちゃんとお酒を飲む機会なんて、これが最初で最後になるかもって思って」
― 最後にならないで欲しい、けどな。
ルビーにとっては酷い母親だという事実は確かに存在している。けれどともみは、先ほどからどうしても明美を嫌いになれずにいる。
「つか、今はエビアレルギーになったんで」
ルビーはそう言い張り、“エビの練りもの”を全く無視することにしたようだった。つい先日、ルビーと中華を食べにいったともみは、エビチリをお代わりするほどにたいらげたルビーが、アレルギーだなんて大嘘だと知っている。
それにルビーはかまぼこや練り物は大好きなはずだ。大輝と箱根旅行に行った時に、お土産は老舗店のかまぼこがいいとせがまれたくらいなのだから。
「アレルギーってどれくらいの?甲殻類のアレルギーって、酷いと命の危険もあるって聞くけど…大丈夫なの?」
明美は今日初めて眉根を寄せて、ルビーを覗き込むようにして聞いた。ともみが、「アレルギーはウソなんです」と言いたくなるくらいに、心から心配している様子だったけれど、ルビーは鼻で笑い飛ばした。
「心配するとこ、そこじゃないっしょ」
真正面に座っているのに視線すら合わせようとしない娘に、明美は、そうよね、と呟き、よし、と姿勢を正した。
「ずっと…。ずっと間違ってばかりで、本当にごめんね」
「…は?」
「バカでどうしようもないママで。男の人に簡単に騙されて、ルビーちゃんに、取返しのつかないひどいことをしてしまった。本当にごめんなさい」
深く頭を下げた明美を、それマジで言ってる?と、ルビーが口を歪めて笑った。
「アレ、ちょっと待って。アタシ今、アンタに、生まれてはじめて謝られたんじゃね?」
「ごめんなさい」
もう一度謝った明美に、ルビーは唇を強く噛みしめながらも笑っている。その瞳が激しく揺れて、今日初めて、明美を真っすぐに射貫いている。
「もういい。とにかくアタシは今日で終わりにしたい。だから、アタシはなんで捨てられたのか、なんでアンタが迎えに来なかったのか、それだけ教えて。そしたらもう二度とアンタに会わない。言ってくれたら、アタシにはもう母親はいないってことにして、一生近づかないからさ」
明美が、言葉を発しかけてやめた。ルビーがシャブリを勢い良く飲み干す、その喉ごしの音がやたらと響く。ともみも2人を見守ることしかできない沈黙が、どれだけ続いただろうか。
「私が…恋をしてはいけない人に恋をしたから」
明美の声は、掠れ、震えていた。
「なにそれ。やっすい縦型ショートドラマ的なセリフ。自分の過去に酔うのもいい加減にしなよ。だいたい、アンタは…っ」
言葉を続けられなくなったルビーの手を、ともみがぎゅっと握り、その背中を撫ぜる。
「大丈夫、私がここにいる。だから一緒に、明美さんの話を聞こう。全部話してもらおう。ね?」
ともみに縋るような眼差しを向けたルビーが落ち着くのを待ってから、先を促すと、明美は絞り出すように、語り始めた。
「あなたのお父さんは、アメリカで商社…貿易会社を経営していた。その日本支社を作るために東京に来た時に出会ったの。出会ってすぐに恋をして、私は妊娠した。お父さんも喜んでくれて結婚することになった。あなたのおばあちゃんには猛反対されたけど、私は彼となら幸せになれるって信じてたから説得した」
ルビーの父はアメリカ人だと、ともみも聞いていた。ルビーの褐色の肌やセクシーな唇もそのお父さん譲りなのだということが、今日明美に会ったことで改めて分かった。
「だけど…ルビーが5歳になった頃、アメリカ出張に行った彼が帰国する予定だった日に帰って来なくて。教えられていた飛行機に乗っていなかったから、心配で彼の携帯に何度も連絡したけれど、全く通じないし。会社に連絡したら、秘書の人は、ちょっと出張が長引いているだけで大丈夫だって言うんだけど。
出張であろうと、一日に一度は必ず連絡をくれる人だったから、どんどん不安になって。何度も彼の携帯に電話をかけたし、メールも送り続けてた。そしたら…帰国予定日から1週間くらい経った頃、知らないアドレスから私のメールに連絡がきたの。英語でね。
送り主は、彼と同じファミリーネームの女性で。彼が美しい白人女性とキスをしながら、ルビーより少し年上の女の子を抱き上げている写真が添付されてた。
長文のメールの内容はね。“この人は私の夫です。ご覧の通り娘もいます”って。“あなたは何度も夫に連絡してきていますが、一体どういうつもりですか?夫は日本でおかしな女につきまとわれて困っていると言っています。これ以上しつこくするならあなたを法的に訴えます”と書かれてたの」
「それは…つまり…」
黙ったままのルビーに代わって、ともみが聞いた。
「おかしな女とは、私のこと。つまり、私と結婚したとき、既にルビーちゃんのお父さんには、アメリカに奥様とお子さんがいた。私とは重婚だったんです」
▶前回:「恋をしなければ、生きられない…」恋愛依存症の母を持つ娘の苦悩とは
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