「母親…って呼ぶのもムカつくんだけど、アタシを生んだ人が見つかったっていうから、迎えに行かなきゃいけなくてさ。もう何年会ってないか覚えてないくらいだから、お互いに顔も覚えてないかもしれないけど」
内容に合わない明るい声であっけらかんとルビーは続ける。
「アタシもいつまでもグジグジしてられないし、そろそろ決着付けたいんだよね。だからともみさんの力も借りたい」
「私の?」
「うん。あの人、店に連れてきちゃっていいかな?1人で話すと、アタシあの人のこと――殺しちゃうかもしれないからさ」
「殺、しちゃうって…」
反射的に返したともみに、「まあ、それくらい自分が何するかわからないってこと」とルビーは笑いながら続けた。
「TOUGH COOKIESで働き始めて、お客さん達の話を聞くうちに、なんか焦りみたいなものが出てきちゃって」
「焦り?」
「アタシもいつまでも逃げ回らずに、あの人に向き合わなきゃいけないって。向き合うとしたらともみさんの前がいいな、でも巻き込むのも違うかなぁ…とか、このところいろいろ考えてたんだけどさ。
いざこうして、あの人が見つかって、今ともみさんと話してたら、やっぱりお願いしたくなった。だから――連れてきてもいいかな?アタシを生んだ、母親って人を」
◆
Customer 7:小酒井明美(こさかいあけみ・44歳)/ルビーの母親
― ルビーのお母さんにしては若すぎる…というか、これは…。
小酒井明美がルビーに連れられてやってきたのは、ルビーとの電話からきっちり1週間後だった。
ともみが、本来定休日だった店を開けると決めたのは、明美が来店するほんの数時間前。今日なら「母親って人」をTOUGH COOKIESに連れていけそうなんだけど…とルビーから申し訳なさそうに連絡が入ったためだった。
「初めまして、いつもルビーがお世話になっています」
そう頭を下げた明美は、小柄で折れてしまいそうに華奢で。大柄でグラマラスなルビーとの遺伝子的なつながりがその外見からは全く感じられない。醸し出す雰囲気もまるで少女のようで、とてもルビーのような子をもつ“母親”には見えず、タブーを犯して、「失礼ですが…」と聞いてしまったその年齢は44歳ということで、ともみは衝撃を受けた。
― 若作り感はゼロなのに、天然で幼い、って感じ。
「笑えるくらい似てないっしょ。ま、似たくもないから、良かったけど」
ルビーの冷たく乾いた声に、明美は眉尻を下げて寂しそうにほほ笑むと、その後、所在なさげにキョロキョロと店内を見渡した。そんな母親を席に案内することさえせずに、ルビーは黙ってカウンターの中に入る。
ともみが、ルビーが立つ場所とは逆の端になるカウンター席に明美を促すと、あ、と焦った様子で、これを…と明美が紙袋を差し出した。
「今、宮城に住んでまして、老舗の練り物屋さんのかまぼことか、です。防腐剤なども入ってないナチュラルな作りで、よかったら」
「うれしいです、かまぼこ大好きなので。今開けちゃっても大丈夫ですか?かまぼこなら、ビールか白ワインか…お母さまは、お酒は?」
「…あ…今はちょっと、控えていて……あっ、でも少しだけなら」
明美がどこか気まずそうなのは、お母さまと呼ばれたことか、それともBARに招かれたのに酒を断るようなことを言ってしまったことなのか。どちらの可能性も考え、ともみは聞いた。
「うちはノンアルのカクテルもお勧めなんです。それにお母さま、って呼び方は堅苦しいですよね。お名前でお呼びしてもいいでしょうか?」
明美の表情がホッとしたように緩み、頷いた。明美さんと呼ぶことにしたともみは、最初の一杯は栃木県のクラフトビール酒造が作っているノンアルビールを出すことにした。
いつもなら手土産を受け取ると(特に食べ物なら)、自分の役目とばかりに開封し、いそいそと盛り付けるくせに、今日は一向に動こうとしないルビーに、ともみはこっそりと苦笑いする。
もう一度明美にお礼を言いながら、紙袋から風呂敷包みを取り出しほどくと、お重のような木箱が出てきた。その蓋を開けると、紅白のかまぼこ、エビやイカ、そしてごぼうや山菜などの入った練り物が美しく並べられていて、ともみがしばし見とれていると、フッととげとげしい笑い声が飛んできた。
「新しい男は、酒を飲まないわけ?で、ノンアル?」







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