莉乃の服装はいつもシンプルだが、彼女の素材の良さをよく引き立てている。
無造作にまとめた髪からこぼれた後れ毛が柔らかく揺れ、その何気ない色気に遥斗はドキッとする。
慣れた口調で店員に笑顔で注文を終えると、莉乃は遥斗の顔をマジマジと見つめた。
「で、急にどうしたの?何かあったの?」
「いや、そういうわけじゃなくて。ただ会いたいなと思って」
少し照れながら答える遥斗に、莉乃は「そっか」と優しく微笑む。
「ここ初めてきたけど、夜景が素敵だね」
「莉乃さんは、他にお気に入りのバーやレストランはあるの?」
「そうだな…」
莉乃がいくつかの候補を挙げるが、どれも遥斗と行った場所ではない。
「そういえばこの間、友達と映画を観に行ったんだけどね…」
たわいのない話でさえ、誰と行ったのか、それは男性なのか、と気になってしまう。
夜景の光がグラスの縁を滑り落ち、沈黙がふたりの間に満ちた。
その静けさを破るように、莉乃が言った。
「今日、あなたの家に行ってもいい?」
本来の遥斗なら、嬉しくて尻尾でもふりそうなところだったが、正直複雑な気分だった。
手を繋ぎながら遥斗の部屋に入る。唇を重ね合わせ、触れ合う。だが、遥斗は「待って」と制止した。
「あの、俺さ、やっぱりちゃんとしたいんだ」
「ちゃんと?」
「アメリカにデーティング期間があることも、それが普通だってこともわかってる。俺も初め聞いた時は、お試し期間があるなんて最高じゃん、って思った。でも、やっぱり嫌なんだ。莉乃さんと一緒にいる間中ずっと“莉乃さんにとって俺は何番目なんだろう?”って考えちゃうし、他にどんな男とデートしているのか気になって仕方ないし」
莉乃は黙って遥斗の話に耳を傾けた。
「体の関係も、やっぱりちゃんと付き合ってからがいい。俺は莉乃さんと、真剣に付き合いたいって思ってる」
一瞬、部屋の空気が止まった。外から車のクラクションが微かに聞こえる。
そして次の瞬間、莉乃がフッと息を漏らした。
「遥斗ってチャラそうに見えるのに、やっぱり真面目だね。すごく日本人っぽい」
その言葉が、良い意味なのか悪い意味なのかわからず、遥斗は黙った。
「ちゃんとした告白なんて、いつぶりだろう…」
独り言のように莉乃はつぶやくと、ソファに身体を預けた。
「でもなんか…いいね。ちゃんと大事に想ってくれてるのが伝わる」
莉乃の柔らかい表情が、遥斗の胸の奥をじんわりと温める。
莉乃は遥斗を見つめると、少しだけ間を置いて言った。
「いいよ。じゃあ、付き合っちゃおうか」
笑顔とともにその言葉が落ちた瞬間、遥斗の中で、静かに何かが始まった。
ただ付き合ってみたい、という想いよりももっと深い感情が込み上げる。
窓の外では、ネオンが滲んで夜空を染めていた。
▶前回:「結局、日本人がいい…」ニューヨークに住んでいても、あえて日本のアプリで出会う理由とは
▶1話目はこちら:「あなたとは結婚できない」将来有望な28歳商社マンのプロポーズを、バッサリと断った彼女の本音とは?
▶︎NEXT:12月31日 水曜更新予定
やっと付き合えることになった遥斗。薔薇色の生活が始まるかと思ったが…。







この記事へのコメント