最悪なことに、彼女の仕事の愚痴に対して「気持ちはわかるけど、それはコミュニケーションを怠った美沙にも責任があるんじゃない?」などと偉そうにアドバイスまでしていた。
ろくに話も聞かなかったくせに。
そんなことが思い出されて、遥斗は急に申し訳なく感じた。
「あ、ごめんね、私ばっかり話しちゃったね。昨日まで仕事漬けだったから、遥斗に会ってちょっと気が緩んだのかも」
「いや、それより俺のほうこそごめん。付き合っていた時ずっと、俺は自分の話ばっかりしてたよな。美沙のこういう仕事の話とか好きなものの話とか、もっときちんと聞けばよかった。なんか今さら気がついたよ」
遥斗が真剣な顔をしてそう謝ると、美沙はプッと吹き出したように笑い出した。
「え、どうしちゃったの?ニューヨークの生活がそんなに大変だった?私が生きているうちに、遥斗から謝罪の言葉が聞けるなんて…」
「え、俺ってそんな謝らないキャラだった?」
「謝らないっていうか、自分が悪いことにさえ気が付かない鈍感男というか…」
美沙にそんなふうに思われていたなんて、と遥斗は小さくショックを受ける。すると美沙はまたクスクスと笑った。
「でも、変わったね、遥斗。なんか、丸くなった。遥斗のことだから、“ニューヨーク勤務で頑張ってる俺”感を前面に出した、ウザイ男になっているかと思ったけど、予想よりもまともだった」
「褒めてるように見せて、バカにしてる?」
「ウソウソ、褒めてるよ。なんかいい男になったね」
遥斗は、美沙とこんなふうに本音で話せるとは思っていなかった。
その分、美沙は遥斗のことを完全にふっきれているのが伝わってきたし、遥斗もまた、美沙のことを吹っ切れていたことに気がついた。
「なんか、楽しいな。今日会えて良かったな」
遥斗は心からそう告げた。
きっとあのまま付き合っていたら、いまだに本音は言い合えていなかっただろうし、喧嘩別れしていたかもしれない。
そう思うと、あの時フってくれた美沙に感謝した。
「美沙は、今付き合っている人はいるの?」
「そうだね、たまにゴハンを食べに行ったりする人はいるよ。遥斗は?」
「俺も、気になってる人はいる」
「お互い、うまくいくといいね」
そんな会話をして、美沙とは別れた。
帰り道、遥斗は莉乃に無性に会いたくなった。どうしても声が聞きたい、と思い、電話をかけてみる。
3回のコール音の後、莉乃の透き通った声が耳に優しく響いた。
「遥斗くん?どうかした?」
「無性に会いたくて。声が聞きたくなった」
「え、何?酔ってる?」
驚いたように笑う莉乃だったが「いいよ、じゃあ今から会おっか」と優しく言った。
◆
時刻は22時を回っていた。
遥斗はミッドタウンイーストにあるルーフトップバーの『Ophelia』に先に行き、一杯飲みながら待つ。
我に返ると、気持ちがたかぶってしまって柄にもないことをしてしまったな、と遥斗は急に恥ずかしくなる。
20分ほどして、黒いノースリーブのワンピースを着た莉乃が現れた。







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