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土曜日の14時。
莉乃はスリットの入った膝下のワンピースにジャケット姿で現れた。
スタイルのいい彼女にとてもよく似合っていて、遥斗はテンションが上がる。
事前に買っておいたチケットを渡すと、一瞬間を置いてから「Thanks」と莉乃はチケットを受け取った。
二人でゆっくりと絵を眺める。遥斗は時々、莉乃に知識を披露した。
「この人の絵はさ、笑顔が多いよね。これはフランス・ハルスの筆が早かったから描けたって言われてるんだ」
「なぜ?」
「笑顔はずっと保つのは難しいから。元々、笑顔は御法度とされていたけど、この時代は平和で豊かになったから受け入れられたんだよ」
そう語る遥斗に、莉乃は疑いの眼を向ける。
「もしかして、AIで調べた?」
「え、バレた?…実は、来る前にいくつかの作品は調べてきた。うわ、はずいな」
遥斗が本気で恥ずかしがっていると、莉乃が微笑む。
「カッコつけた遥斗くんより、素のままの方が私は好きだな」
好き、という言葉に、無意識に反応してしまう。
きっと深い意味はない、そう思いながらも、遥斗の気分が上がった。
けれど美術館を見終わり、ディナーでもと誘うと「今日はこの後予定があるの」とさっさと帰ってしまった。
― 俺、またなんかやらかした?それともやっぱり、絵を見ることだけが目的だった?
遥斗は悶々として帰宅すると、ソファに突っ伏して「あー」と叫んだ。
デートがうまくいかなかったと落ち込んでいた数日後。莉乃からメッセージが届いた。
「金曜日、ディナーに行かない?」
え、うそ、と会社で思わず声が漏れる。
― 嫌われたワケじゃなかったんだ…。
これまで、モテると思っていたのに振られ、うまくいったと思ったデートの後には音信普通。
遥斗は女性の心がわからず、混乱する。
でも、莉乃といるのはやはり楽しい。
彼女は日本のこともアメリカのこともわかるし、はっきりとしていて裏表がない。
異国の地で自立し、自信のある姿は、とてもカッコよく見える。
「了解、どこがいい?予約しておくね」
遥斗は数秒考えると、すぐに返信した。
◆
そして迎えた三回目のデート。洒落たビストロを予約し、花を渡して椅子を引いた。
コチラに来て学んだ、完璧な紳士としての振る舞い、だが。
「ありがとう。でもこういうの、あまり好きじゃないの」
「え?」
「私、女だからしてもらって当たり前、っていうのが苦手なの」
彼女は綺麗な所作で、ナプキンを膝に置いて言った。
「あなたが私のためを思ってくれた気持ちは嬉しい。でも、対等がいいの」
遥斗は、また間違えたか、と焦る。
「そっか、わかった。次からは気をつけるよ」
「わかってくれて、ありがとう」
微笑む莉乃を見て、媚びない彼女が魅力的に映る。
嫌なことは嫌だとはっきり言うが、真正面から向き合ってくる。
面倒くさいはずなのに、不思議と惹かれた。
ディナーの帰り、夜風の冷たさを理由に彼女の肩を抱くが拒まれない。
すると、彼女の方から尋ねた。
「今夜、泊まってもいい?」
遥斗の警戒心はすっかりと解け、二人はそのまま体を重ね合わせた。
翌朝、二人で朝食を取りながらたわいもない話をする。
― これはもう、付き合っているってこと…?
その時突然、莉乃が言った。
「遥斗は他に何人の子とデートしているの?」
「え、どういうこと?」
「だって、今ってまだデーティング期間でしょ?お互い楽しまないと」
デーティング期間とは、付き合う前に色々な人とデートをすること。こちらでは体の関係を持つことも普通にある。
ただ、遥斗の辞書にはなかった。
彼女が純粋に言っているのか、牽制しているのか、それすらもわからない。
遥斗はどう答えていいのかわからず、ただ微笑んだ。
▶前回:上品なCAに翻弄された28歳商社マン。実は彼女が「お金目当て」だったと気付いた理由
▶1話目はこちら:「あなたとは結婚できない」将来有望な28歳商社マンのプロポーズを、バッサリと断った彼女の本音とは?
▶︎NEXT:12月17日 水曜更新予定
莉乃に言われ、新しい女性を探すことに。そんな時、ある人から連絡が来て…。








この記事へのコメント
花束もらって椅子引いてもらったなら素直に“ありがとう” でいいのに。 中途半端にデーティング文化取り入れてたり、日本人なのに超面倒臭い😂