「ハルトはニューヨークの何が好き?」
そうだな…、と言って、遥斗は必死に頭を回転させる。正直ただ何となくカッコいいから好きなのだが、どう答えるのが正解かを計算する。
「街のエネルギーかな。みんな夢を持っていて、それが叶う場所でもあって、活気があって好きなんだ」
「わかるな。ここには色々な人がいるけど、だからこそこうやってハルトみたいな素敵な人と出会えるのが、ニューヨークの魅力だよね」
照れることなく無邪気に言われ、遥斗の温度はさらに上がった。
その日をきっかけに二人は何度も会うようになり、ディナーや美術館デートを重ねていく。
彼女はポジティブで真摯に夢を追い求め、知れば知るほど彼女に魅了されていった。
そしてある夜、別れ際に自然と唇が重なる。
数秒のキスのあと、マヤは少し照れた笑みを浮かべながら「See you soon」と囁いて、アパートのエントランスへと歩いていった。
― やばい、俺今、人生最高に謳歌してる!マヤと付き合えるかも…。
遥斗は思わず小さくスキップをするが、凹凸のある道につまずき転んでしまう。だがそれすらも楽しいのか、鼻歌を歌いながら帰宅した。
◆
週末、遥斗はマヤを自分の部屋に招いた。
マンハッタンのミッドタウンイーストにあるタワーマンションからは、煌めく夜景が広がっている。
二人でワイングラスを手に乾杯し、ソファに並んで座る。
いい雰囲気に包まれる中、マヤの瞳が真剣な色を帯びた。
「ハルトに言わないといけないことがあるの」
「ん?」
いつもの明るい彼女とは違う張り詰めた空気感に、遥斗はドキッとする。
― もしかして、告白か…?
遥斗が姿勢を正すと、言葉を探すように少し間を置き、マヤははっきりと告げた。
「私カトリックだから、結婚するまでは誰とも寝る気はないの」
「え…?」
一瞬、時が止まったように感じる。
突然の告白に遥斗は声を失い、ワインの赤だけが妙に鮮やかに見えた。
「あなたのことは好き。だけど、これは私にとって大事なことなの。わかってほしい」
― いやいや、この令和の時代に?本当に?
彼女にとって信仰は人生の一部だ。それは頭では理解できる。
でも、これまで無宗教の日本人としか付き合ったことのない遥斗には、マヤの発言は想定外だった。
ショックを隠せない遥斗だったが、それでもマヤに嫌われたくなかった遥斗は「わかった」と何とか笑顔を作った。
そのことがあってからも、デートは続いた。
だが、時折小さな違和感が積み重なる。
マヤが選ぶレストランは、ミシュラン星付きや有名な高級店ばかり。もちろん支払いは当然のように遥斗だ。
モデルの彼女ならそんな店に行くのは当たり前なのだろうと自分を納得させる。
けれど、物価高のニューヨークでずっとこれが続くのかと思うと、正直少し、負担に感じるようになっていた。
そしてある日曜日。
最近ではディナーに行くことが多かったが、突然マヤからブランチに誘われた。
珍しいと思いつつ指定された店に行く。
マヤはすでに店内に座り、笑顔で遥斗に手を振った。だが、彼女と向かい合って座るその席には、知らない顔があった。
驚く遥斗に、「ハルト、私のパパとママよ」と屈託ない笑みで紹介する。







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