もう少しだけ、夢を見ていたい──。
そう思っていたのに。
莉乃さんと正輝くんがランチをしてから、1週間が経つ今日。私が立っているのは、六本木のラグジュアリーホテルだ。
それも、正輝くんと式場の見学をするために。
「うーん…これだとちょっと手狭かな?萌香はどう思う?」
プロポーズをされたホテルのボールルームで、好きな人と結婚式の話をしている。
もしかして、まだ夢を見ているんだろうか?そう思って、思わずほっぺたをつねってみたくなる。
けれどどうやらこれは、夢じゃないらしい。
― 結婚式のために伸ばしてきた髪、さっぱり切っちゃおうかな…。
そんなふうに思ってヘアサロンに行った先週末。結局、未練がましくトリートメントだけを済ませて出てきた私の前に、正輝くんが現れたのだ。
― やっぱり、ショートカットにしてくださいって言えばよかった。
全てを覚悟した私に、正輝くんが微笑む。そして、一枚の封筒をひらひらと掲げて言ったのだ。
「良かった、間に合って。莉乃とは、ピザ食べただけで解散したよ!ほらこれ。莉乃から結婚祝いだって」
目の前で広げられたのは、ガラス食器の作品集だ。私の好きな色やモチーフで、莉乃さんが作家さんに食器をオーダーしてくれるのだという。
「莉乃のピラティスのお客さんに、このガラス作家がいるんだって。萌香はセンスいいから、好きに選んでって言ってたよ」
「え…それだけ?」
「?うん、それだけ。あ、あと、お幸せにって。俺たちの結婚、すっごく喜んでたよ」
…どうして?
どうして?
どうして?
莉乃さんはどうして、正輝くんに“あのこと”を言わなかったのだろう。
それから1週間のあいだ頭を捻り続けて、私が出した答えは、こうだった。
― 莉乃さんに見られたと思ったのは、見間違いだったんだ。
そうに決まっている。ううん、よく考えてみれば、そうとしか考えられなかった。
ふたりが──莉乃さんと正輝くんが本当に親友なら、あの夜、姿を見られた瞬間に連絡が行っていてもおかしくはないのだ。
それなのに、正輝くんはプロポーズをしてくれた。莉乃さんは、結婚をお祝いしてくれた。
そんなのどう考えても、説明がつかない。
どうでもいい男の子と、酔った流れでキスしてしまうくらいの精神状態だったのだ。あの日見た気がする莉乃さんの姿は、罪悪感の象徴みたいな見間違いだったのに決まってる。
― もしかしたら、言わないでいてくれてるのかもしれない。
正輝くんと莉乃さんの会話にわからないところがあると、逐一私に解説をしてくれていた莉乃さんの姿が、ふと頭によぎる。
だけどそんな考えは、すぐに頭の片隅から振り払った。
ありえない。莉乃さんがゆるしてくれるわけがない。
それにそもそもあんなことになったのだって、私ばっかりが悪いわけじゃないはずだ。
― そうだよ。私は悪くない。元はと言えば、親友ごっこして周りに…私とか、秀治さんとかに迷惑かけてる、莉乃さんと正輝くんのほうが悪いんだもん。
自分を納得させながら私は、正輝くんと披露宴で出すお料理の試食を楽しむ。
ホッと肩の荷が下りた気分を噛み締めつつ、それでも私はまだ莉乃さんのことを考えていた。
莉乃さんと、正輝くんと、私の間にあったことを。
この記事へのコメント
莉乃に愛想尽かしてそうだったし、結婚願望なし結婚しない主義な彼女に対してどう思ってるのか等々。