莉乃さんと、正輝くんと、私の間にあったこと。
それは、「何もなかった」ということだ。
結婚の報告をして、お祝いをもらって──正輝くんと莉乃さんの間には、本当に男女の感情はないのだろう。
事実、正輝くんにプロポーズをしてもらってから、自分でも呆れてしまうくらい莉乃さんに嫉妬する気持ちは消えてしまっている。
あんなに素敵なプロポーズをしてもらった。ご家族にも優しく受け入れてもらった。誰もが羨むような式場で結婚式を挙げられる。
隣にいてくれる正輝くんの視線はまっすぐ私に向いていて、そしてその視線には、溢れるほどの愛情がこもっている。
それなのに、どうして私は「本当は莉乃さんが好きなんじゃないか」なんて考えてしまったんだろう。
そんなこと、ありえないのに。ふたりはただの、親友なのに。
たしかに、莉乃さんと正輝くんの間には、親密で入り込めないような空気があった。
だけど、あんなにおかしくなるくらい──自分も男友達を作ろうとしてみたり、正輝くんを過剰に束縛したりするほど──疑心暗鬼になる必要なんて、これっぽっちもなかったのだ。
男女の友情にトラウマがあるのは、ただの私の過去だ。他の人にそのまま当てはめる必要はない。
私の左手の薬指には、今も美しいダイヤモンドが輝いている。
まるで、悪い夢から覚めたみたいな気持ちだった。
「やっぱ一流ホテルってだけあって、料理めちゃくちゃ美味しかったな。俺、人の結婚式は料理が楽しみで参加してるところあるから、絶対美味しいところがいいんだよね」
「正輝くんひどーい、ちゃんとお祝いする気持ちで参加しないと」
「それはもちろん、大前提だよ」
式場見学を終え、あれこれと感想を言い合いながら正輝くんの麻布十番の部屋を訪れる。
はじめは、ここをふたりの新居にするつもりだ。忙しい正輝くんの会社からも近いし、私の汐留の会社にもアクセスがいい。
ゆくゆく子どもを授かったりしたら、もう少し私の実家の近くに大きめの部屋を借りて暮らしたりするのかもしれない。
私のお気に入りの2人しか座れない小さなテーブルは、今のうちから少し大きめのものに買い替えてもいいよね。
ホテルからの帰り道、飯倉のインテリアショップを覗きながら、そんな話でも正輝くんとふたり盛り上がった。
「結婚式には、莉乃さんにも来てもらおうね。お願いしたガラスのお皿もせっかくならお見せしたいし、おうちにも来てもらおっか」
「うん。萌香がOKならそうさせて」
結婚が決まって私の精神状態が安定したのは、ひとえに、結婚が“現実”だからだ。
今日の式場見学もそうだけれど、プロポーズから始まる結婚への道のりは、家族の話にお金の話…ひたすらに“現実”が押し寄せてくる。
夢も悪夢も見ているヒマはなく、今週に入ってからは正輝くんとは、新居や家具なんかの具体的な現実の話ばかりをしていた。
今日こうして部屋を訪れているのも、ただいちゃつくだけが目的じゃない。
式場を決定するためにも、お互いの招待客の候補リストを照らし合わせるのだ。
「えっとね、この子は一度紹介したことあるよね?中学の時の親友で…。
あと高校のダンス部の仲間はまとめてみんな呼びたくて…あ、それだけでテーブル2つになっちゃうかも」
相変わらず小さなテーブルに、パソコンとエクセルを印刷した紙を並べる。
正輝くんと肩を寄せ合ってする“現実”の話は、不安なまま紡いでいた夢の話よりもずっと幸せで、私を強くしてくれるのだった。
そう。私は、強くなった。
だから、正輝くんが自分側のリストを出してきた時も、動揺した表情は見せずに済んだ。
「いいんじゃない、部活メンバーでテーブル2つ。少ないくらいだと思う!
俺の方はね〜、一旦候補出してみたけどこんな感じかなぁ」
正輝くんの腕にもたれかかりながら、“友人”と銘打ったリストに並ぶ名前を見る。
そこにはもちろん、「満倉莉乃」の名前があった。
そしてそれ以外にも、たくさんの知らない女性───。
大勢の女友達の名前が、ズラリと並んでいた。
▶前回:「おめでとう」の裏で揺れる心。長年の男友達の婚約に、30歳女が決断したこと
▶1話目はこちら:「彼氏がいるけど、親友の男友達と飲みに行く」30歳女のこの行動はOK?
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正輝の女友達は、莉乃だけじゃない。そんな事実を突きつけられた萌香に、正輝は…
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莉乃に愛想尽かしてそうだったし、結婚願望なし結婚しない主義な彼女に対してどう思ってるのか等々。