「温泉でプロポーズ!素敵じゃない〜!しかも、29歳のイケメン?もう〜。羨ましっ」
マダムが体をくねらせた。
「でも…どうしたらいいのか、まだ答えが出ないんです」
「そんなの簡単よ。したかったらすればいいし、したくなかったらしなくていいのよ」
シンプルすぎる言葉に、私は目を丸くした。
「結婚ってね、最後は自分の本能に頼るしかないのよ。私は二度結婚したけれど、最初の夫は“子どもを産むために出会った人”だったと思うの。可愛い遺伝子をどうも!って思うけど、死ぬまで一緒にいる想像はできなかった。
でも、今の夫は一緒にいると笑顔になれるし、愛を感じるし、介護もしてあげたいって思える…って、まぁ、結果論でしかないけどさ」
笑いながらCHANELのスニーカーを履いて「結婚生活もなかなか面白いわよ。また来週ね」と出て行ったマダム。
さらりと語られるその人生経験が、私の胸にズンと響いた。
颯斗は“子どもを望むなら最後のチャンス”なのか。それとも“人生を共にする運命の人”なのか。
― その両方ってこともあるのかな?
結局、答えを出せないまま私はスタジオをあとにした。
翌日の夕方。
私は、愛梨と由里子を『まりか:ふたりに会いたい。子連れでも大歓迎♡』と麻布十番のカジュアルなビストロに呼び出した。
子どもたちに先にパスタを出してもらい、それぞれの飲み物が揃ったところで、私は言った。
「ねぇ、ふたりが結婚する時って“この人が運命の相手だ”って感じた?」
唐突すぎる言葉に、愛梨と由里子は目を見合わせ「どうしたの、急に」と由里子が笑った。
「だよね、ごめん急に。えっと……颯斗にプロポーズされました」
「えっ!?すごい〜!!」
「ちょっと、展開早いって〜!おめでとう!」
ふたりの声が重なるが、私は何も言えずにいた。
「おめでとう、でいいんだよね?」と愛梨。
「う〜ん。正直、迷ってる。結婚したら幸せってわけでもないのはわかってるつもりだし。とにかく結婚したかったアラサーの時期もとっくに過ぎたしね」
「……」
「……」
愛梨と由里子がまた顔を見合わせるが、今回は表情が暗い。
「ごめん、うちの夫のせいで、男はみんな不倫するんじゃないか?って心配になってるよね」
「いや。私がレスだとか言ったから…離婚もアリだとかさ。でもほら、ちゃんと仲の良い夫婦もいるから。ね!」
ふたりが必死にフォローしてくるので、思わず笑ってしまう。
「あはは。ふたりのせいでプロポーズを保留にしてるわけじゃないよ。ちゃんと自分に向き合ってる最中なんだ。だから、今日はふたりの結婚の決め手とか、惚気話を聞きたいなぁって」
私が言うとふたりの顔がほころび、それぞれ順番に話し始めた。
悩みも問題もあるけれど、それ以上に幸せな時間がある。それは、特別な日に限らず、日常の中に散りばめられている、と愛梨と由里子は教えてくれた。
ビストロを出てみんなと解散した後、私は夜風に当たりながらスマホを取り出した。
旅行から帰ってきて3日。颯斗とは連絡を取っていない。彼も気を使っているのか、何も言ってこないのが恋しさと申し訳なさを加速させる。
『待たせてごめんね。ちゃんと返事したいから、会ってくれる?』
送信ボタンを押した瞬間、モヤモヤしていた胸の奥が一気に晴れた。
私はもう、迷わない。颯斗と、結婚する。それが、私の選んだ答えだ。
働き方も、推し活の頻度も、もしかしたら友情も、結婚という新しいフェーズを迎えたら変化するのかもしれない。
けれど、由里子や愛梨と過ごした時間は私にとって大切でかけがえのないもの。
自分から手放すつもりはない。
女の友情に“賞味期限”なんかなくて、自分で期限を決めなければ、続けていける――私はそう信じている。
涼しい夜風が頬を撫で、スマホの画面には颯斗の名前が光っていた。
その光を見つめながら、私は二重の確信を抱いていた。これからの未来も、恋も友情も、自分で選び続けていくのだと。
Fin.









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