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友情の賞味期限 Vol.13

曖昧な関係だった彼がいきなりプロポーズ。38歳女が立場を逆転できたワケ

西宮ことり

誕生日祝いという名目で彼が連れていってくれたのは、箱根の山あいにあるラグジュアリーな宿。

客室露天風呂からは緑に包まれた渓谷が望め、夕食は地元の旬を贅沢に盛り込んだ会席料理。ひとつひとつが繊細で、都内のどんなレストランよりも心に沁みた。

「ねぇ、颯斗。ちょっと奮発しすぎじゃない?ここ、素敵すぎる…」

私が感動していると、「たまにはカッコつけさせて」と颯斗は微笑む。

幸せだった。

一度は連絡を断ち、お別れをした颯斗が目の前で笑っていることが。

けれど、その夜の出来事はそれ以上の衝撃だった。


食後。私たちは二度目の温泉に入り、浴衣姿でテラスの椅子に並んで腰掛けた。

窓を少し開けると、控えめに虫の声が響き、涼しい夜風が熱った頬にあたる。

「ねぇ、ビール飲む?もうお腹いっぱいかな?」

私が部屋の冷蔵庫を開けながら聞くと、颯斗はそれには答えず、「まりか、あのさ」と私の名前を呼んだ。

真剣な声色に振り向くと、颯斗がこちらをまっすぐに見ていた。

「結婚してください」

急な申し出に一瞬息が止まり、私は冷蔵庫の前で変な体勢のまま固まってしまった。

ちゃんと付き合いたい、とは聞いていた。結婚する気もあることも確認した。けれど、まさか今日プロポーズされるなんて、想像すらしていなかった。

「……本気なの?」

「うん。離れてみて、気づいたんだよ。僕は自分で思っているよりもずっと、まりかのことが大好きなんだって。他の子と飲みに行ったりもしたんだけどさ、ぜっんぜん面白くないの。あなたが魅力的すぎるせいでね」

颯斗の29歳という年齢を忘れるほどの、真剣な表情に思わず釘付けになる。


「まりかはさ、たぶんひとりでも勝手に幸せになれるタイプだと思うんだよ。男に幸せにしてもらおうなんて、思わないカッコイイ女でもあるし」

「そんなことないよ…」

私が咄嗟に否定すると、颯斗は私のそばに来て頭を撫でた。

「うん、それもわかってる。カッコいいまりかでも泣きたい夜はあるってこと。だから、その時にそばに誰かがいたら、悲しみや辛さを分け合うことができるでしょ?その役割を僕が担いたいし、頑張っているまりかを支えてあげたいんだよ」

「ありがとう。そんなふうに言ってくれて。颯斗、なんだか変わったね」

颯斗からこんな言葉が聞けるとは思っていなかった。これまでは、楽しい時だけを共有する互いに都合のいい相手だったから。

「私も颯斗のことも好きだよ。だから、ちゃんと考えなきゃなって思ってて、今すぐに答えは出せない…ごめんね」

今の私にはそう言うのが精一杯で、颯斗は苦笑いを浮かべ「わかった」とだけ言って、私を抱き寄せたのだった。

この記事へのコメント

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No Name
友達関係に賞味期限を設けてる(決めてる)人なんていないよ。まりかと愛梨はつい最近知り合ったばかり。ずっと仲良くしたいと思っていても人生の様々な変化やその時々の悩みや状況の違いから疎遠になる事もある。絶交ではないけどお互いもう連絡しづらくなる場合も。 由里子とも音信不通の数年を経て友達再開したばかり。友情云々…かけがえのない大切な友達…言うには時期尚早。颯斗の変わり様は現実味ゼロ。なんだったんだろう、この連載は。
2025/10/29 05:5723Comment Icon1
No Name
すぐに子供が欲しいことをなんで先に言わないんだろう? 颯斗も随分焦るなぁ、目的は金だろうね👌
2025/10/29 05:2612
No Name
冷笑
2025/10/29 05:1311Comment Icon1
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友情の賞味期限

西宮ことり

結婚するか、しないか。
子どもを持つか、持たないか。
キャリアを追い続けるか、それとも手放すか。

私たちは、人生の岐路に立つたびに選択を重ねてきた。
女性の場合、ライフステージに応じて人間関係も変化していく。
同じ境遇の人と親しくなることもあるが、それは一時的なつながりにすぎないことも多い。

何にも左右されない“女の友情”は、本当に存在するのだろうか。
それとも――友情にも「賞味期限」があるのだろうか。

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