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だれもゆるしてくれない Vol.11

彼氏の実家に初訪問。向かう途中の車内で、男が言い出したとんでもない要望とは

有栖川匠

仕事が遅くなった。会食の予定がある。実家に帰る用事がある…。

正輝くんから「会えない」「電話できない」と言われると、すぐに不安になってしまう。

だって、同期の中村くんと飲みに行ったあの夜、他でもない私が、正輝くんにそんなふうに説明したから。

「今日は男友達と2人で飲みに行くよ」と、正輝くんに事前に一言でも伝えられていたのなら、少しは違ったのかもしれない。

だけど、「莉乃さんと2人で会わないで」と束縛している私が、そんなこと言えるわけがない。

結果私は、彼氏に内緒で男友達と2人で飲み、内緒でキスをした女に成り下がった。そのせいで、正輝くんのことも信じられなくなった。

自業自得って、まさにこういうことを言うのだろう。


それに、正輝くんに会えない時に不安になってしまう理由は、もうひとつあるのだ。

あの夜。自暴自棄で投げやりな気持ちに襲われる意識の中で、一瞬だけ視界に入った気がする顔…。

道の反対側にいたのは、莉乃さんじゃなかっただろうか?

― まさか、そんな偶然ある?酔ってたし、暗かったから見間違えただけだよね?

何度も自分に言い聞かそうとしたけれど、莉乃さんのピラティススタジオは恵比寿だった気がするし、あんなにスタイルがいい人、そうそういるものじゃない。

考えれば考えるほど、莉乃さんで間違いないような気がしてくる。

― どうしよう。もし、正輝くんに伝わったら…。ううん。でも、もうふたりは連絡取ってないよね?大丈夫だよね?

そんな不安が募りに募って、つい「陰でこっそり莉乃さんに会ったりしてないよね?」なんて聞いてしまった日には、自己嫌悪のあまり死にたくなった。

紛れもない、メンヘラ彼女。

こっそり莉乃さんに会ってるんじゃないかと思ったら気が気じゃなくて、正輝くんにはすごく負担をかけてしまっていたと思う。

それなのに…そんな重い女以外の何者でもない私に、正輝くんはプロポーズをしてくれたのだ。

今でも信じられないけれど、薬指に輝くダイヤモンドが、私に自信と安心を与えてくれる。

もしも莉乃さんから変なことを聞かされていたとしたら、正輝くんが私にプロポーズなんてしてくれるわけがない。

「幸せ…」

温かな湯船の中でそう口に出してみると、実感は一層深まる。

「萌香、まだお風呂入ってるの?そろそろ正輝さんが迎えに来てくれる時間なんじゃないの?」

長風呂に呆れたママの声が、バスルームの外から聞こえる。

はーい、と返事をして、身支度に取り掛かった。


「ねえ、この格好変じゃない?前回よりカジュアルな格好にしてみたんだけど」

「大丈夫、萌香は何着てても可愛いよ」

「そういうんじゃなくて!この前お会いした時はお義母さん、私のことなんて言ってた?」

「いい子だねって言ってたよ」

正輝くんの運転するご実家のワーゲンゴルフの助手席で、私は何度も前髪を直した。

プロポーズの直後、ご両親とはレストランで一度ご一緒したけれど、今日は初めて吉祥寺のご実家にお邪魔するのだ。

年末に出産を控えているお義姉さんとは、初めてお会いすることになる。これから義理の姉妹になるのだから、何がなんでも気に入られたかった。

「ああー、やっぱりパンツじゃなくてスカートの方が良かったかも…」

ああでもないこうでもないと気を揉んでいると、正輝くんがクスッと小さく笑うのが聞こえた。

赤信号で止まったかと思うと、不意に私にキスをくれる。そして、優しい声で言うのだった。

「萌香は、色々気遣いすぎ。大丈夫だよ。俺が好きになった人なんだから、絶対気に入られるに決まってる」

正輝くんは、不思議だ。正輝くんにそう言われると、私はいつだって簡単に幸せになってしてしまう。

だけど私は、ついに“婚約者”になった正輝くんに甘やかれるのがなんだか照れ臭くて、つい茶化してしまうのだった。

「もう、調子のいいことばっかり言う。なんかやましいことでもあるんですか?」

その、瞬間だった。

アクセルを踏むのと同時に、正輝くんの表情が少しだけ変わるのを感じた。

妙な雰囲気を感じた私は、鬱陶しいと自覚しつつも、ここ最近の癖からか踏みとどまることができずに聞いてしまう。

「え、なに?本当に、なんかあるの…?」

「いや、やましいってわけじゃないんだけどさ…」

じっくりとお風呂で温まったはずの体が、指先からスーッと冷えていくような感覚を覚えた。

だけど、次に続ける言葉も思いつかない私は、正輝くんが切り出すのをじっと待ち構える。

もう一度、車が止まった。赤信号のライトが、頭上で光っている。

少し気まずそうに眉を下げた正輝くんが、私の反応を横目で見ながら言った。

「一度だけ、莉乃とお茶だけしてきてもいい?明日の昼。

なんか、話があるらしくて───」


▶前回:友人の恋人の“秘密”を目撃した夜。真実を友人に知らせるべきか、葛藤する女心

▶1話目はこちら:「彼氏がいるけど、親友の男友達と飲みに行く」30歳女のこの行動はOK?

▶Next:10月6日 月曜更新予定
ついに婚約者となった萌香と正輝。そんな矢先に、久々に莉乃に会うことにした正輝は…

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この記事へのコメント

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No Name
ネイビーのboxはハリーウインストンという事でよろしいでしょうか? まさかシライシだったり? 初デートをスタバに連れてくような正輝だから分からないな😂 
あ、ショーメもネイビー。
2025/09/29 05:4012
No Name
秀治さんにフラれたんじゃない? その件と、萌香が男とホテルに入って行った件を正輝に話したいんだね。ホント邪魔な女。
2025/09/29 05:4411
No Name
お茶くらい黙ってサクッと行ってこいよ。
2025/09/29 06:1611Comment Icon2
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だれもゆるしてくれない

有栖川匠


尊敬。愛情。そして、下心。

男と女の間には、様々な関係性が存在する。

なかでも特に賛否を呼ぶのは、男女の間の”友情”は成立するかどうか。

その関係は、果たして「ゆるされる」ものなのか──?

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