焦がれるようなまなざしを向けられて、ともみは魅入られたように頷いてしまった。
「おれがあの人に捨てられて——ともみちゃんに甘えるみたいな関係が始まった頃、正直めちゃくちゃ罪悪感があった。でもそれは、ともみちゃんに対してではなくて…たぶん、好きな人がいるのに、その人以外の女性に慰めてもらっている自分への嫌悪感だったんだと思う。
自分のことに必死で、ともみちゃんの気持ちを全然考えられてなくて…ごめん、最悪だよね」
困り顔を深めた大輝がおかしくて、ともみは思わず笑ってしまう。
「今更?そんなの改めて言われなくても、わかってたから。そもそもそれくらい大輝さんが弱っててくれないと、私が付け込む隙はなかったんだし、私がチャンスを逃さなかっただけ」
「ともみちゃんは…優しいね」
大輝の表情が悲しげに緩むと、鼻がツンとしてともみは涙がこみ上げそうになった。さっきからトキメキだの怒りだのと、情緒が暴れていてコントロールが利かない。
そもそもともみは人前で泣くことなどなかったのに。大輝と出会ってから壊れてしまった涙のスイッチを改めて自覚しながら、今泣くのは絶対にダメだとグッと堪えて、「優しくなんかない」とつま先を見るふりで、大輝から視線を逸らす。
「優しいよ。オレさ、あの人に捨てられてから一人じゃ眠れなくなってた。だから、ともみちゃんが、オレのルックスにしか興味ないって言ってくれることに、散々甘えてきて。ともみちゃんと一緒にいると眠れたし、楽になれた。本当に…感謝してる」
大輝の慈しむような穏やかな声に、涙腺をさらに刺激されたともみは、下を向いたまま慌てて奥歯を噛みしめた。
「たぶん、セラピーを受けてるみたいに、少しずつともみちゃんに救われていったんだと思う。自分から誘うことはできなかったけど、今ともみちゃん何してるかな、って考えたりすることも増えてたし」
「…え?」
ともみは思わず顔を上げた。告白する前も、会う約束をするのはともみからと決まっていて、大輝から誘われたことは一度もなかった。会うのは夜ばかりで、デートらしいことをしたのはともみの誕生日の箱根旅行が初めてだった。それがともみを虚しくさせていたのに。
「オレから誘うのはルール違反な気がしてた」
「ルールなんて…」
ともみの語尾を、「ないのにね」と大輝が引き取った。
「だからともみちゃんに誘われるとうれしかったし、ともみちゃんのことを、かわいい人だなってどんどん思うようになってた」
呆然と大輝を見上げるともみに、照れたように大輝は続けた。
「気づいてるかわからないけど…ともみちゃんって眠ったら必ず、オレの体にぴったり抱きついてくるの。腕枕が嫌いって距離をとるくせに、眠り始めたらオレの胸のあたりに転がってきて、そのまま離れないんだよ」
「…う、そ…」
「ほんと。そんなことでウソを言う必要ないでしょ?ともみちゃんがオレにくっついてくるたびに、愛想のない猫がふと懐いてくれたような気持ちになって、ああかわいいなって、キュンとしてさ。思わずぎゅっと抱きしめちゃってたんだよね」
そんなワケはないと目を見開きながら、ともみは焦り始めた。確かに大輝と夜を過ごした翌朝は必ず、すっぽりとその腕の中にいることが多かった。
きっと大輝は、別れた人妻を想いながらその代わりに自分を抱きかかえているのだろうと、虚しくなりながら、その腕から抜け出していたのだけれど。
― あれって全部…私から、だったの…?
恥ずかしさで手のひらがじんじんと熱を帯び、一気に顔に血が上る。それをごまかしたくて、ともみは「関係ない話ばっかりするなら帰るけど」と大輝を睨んだ。
「関係なくないよ。ともみちゃんがオレにとっていつの間にか…思わず腕の中に入れたくなるような、愛おしい存在になってたってことなんだから」
この記事へのコメント
メグの精神状態が心配だけどきっとミチと一緒に居れば大丈夫かな…