日が暮れて、辺りの雰囲気が変わってきた頃、ファミリー層がポツポツと帰り始め、私は少しホッとしていた。
レストランはパーク内でも美味しいと有名なイタリアンを予約している。
私は颯斗と一緒に席につき、白ワインで乾杯をした。けれど、食事をしただけでサプライズはなし。何かを期待してしまっていた私は、少し落ち込んだ。
しかも、帰りに寄ったショップで「これ、会社の人に配ろうっと」と私のカゴに自分のお土産のクランチチョコまで放り込んできたのだ。
「ねぇ、それ自分のじゃん」
「いいじゃん〜まりかお金あるんだし。社長さんでしょ?」
冗談っぽく言ってるけど、言葉の端々に甘えが滲んでいるのがわかる。
今日は特別な日の前日。大人になっても、誕生日は大切な日で、意識したくなくともしてしまう。だけど、プレゼントも、ディナーでのサプライズも何もなかった。
「楽しかったね!2万歩くらい歩いたんじゃない?疲れたわ〜」
颯斗は、私に買ってもらったクランチを片手に上機嫌だ。
― でも、まぁ…今夜もうちに泊まるだろうし。
そう思いながら、ふたりでタクシーに乗った帰り道。「じゃ、俺この辺で」六本木の交差点で、颯斗は降りた。
「え?一緒に帰らないの?」
てっきり私が住んでいる西麻布のマンションに一緒に行くと思っていたので、声が裏返ってしまう。
「ちょっと用事あってさ、また連絡するね」
タクシーのドアが残酷に閉まり、私はそのまま西麻布の自宅へと運ばれていった。
◆
部屋に戻り、メイクも落とさずドサっとベッドに倒れこんだ。
疲労とは別の、もっと違う疲れが私を襲ってくる。
そのままスマホを開いて、颯斗のメッセージを非表示にし、その流れで、由里子・愛梨とのグループLINEを開いた。
「あれ?」
愛梨がメッセージを送った形跡がある。
でも、その内容は「メッセージの送信を取り消しました」とだけ表示されている。
― 何を送ろうとして、取り消したんだろう?
ただの誤送信か、気まずくて送れなかったのか。今日、偶然にも同じ場所にいたこともあり、私は気になって、個別にメッセージを送った。
『今日、会えなかったね。笑』
すぐに既読になり、返信が来る。
『広すぎるもんね。それに私の母と圭太の3人で行ったから全然オシャレもしてないし、見られなくてよかったよ〜』
息子の笑顔が見たくて連れて行ったのだという愛梨と私では、パークに出向いた目的が違いすぎる。
けれど、なぜだか共感はできた。私も颯斗の弾けるような笑顔が見られて、嬉しかったからかもしれない。
『まりかちゃん…ちょっと話、聞いてくれる?』
そのメッセージのあと、私は、すぐに愛梨に電話をかけた。
「ごめんね。話した方が早いと思って」
「ありがとう、あのね…将生、夫が浮気してるかもしれないの」
愛梨の声は、思った以上に冷静だった。怒っているわけでも、憂いているわけでもない。
それがなんだか不気味で、怖いくらいだった。
「この前、あのパーティーの後、偶然見ちゃったんだよね。商店街の脇道に入っていく、将生…夫を。隣には、若い女の子がいたの」
私は息を呑む。
「まじ……?」
「うん。見間違えるわけはないと思う。私、両目2.0だしさ。まぁ、よくあることなのかもしれないけど、その日はさすがに落ち込んじゃったよ」
「そりゃそうだよ。だって、その日は愛梨ちゃんが実家に帰るって思ってたんだよね?ってことは確信犯じゃん」
“確信犯”つまり、愛梨の夫の行動は“クロ”の可能性が高いということだ。それを私がハッキリと口にした後、愛梨は言葉を詰まらせた。
「ごめん…まだ、旦那さんが浮気してるって決まったわけじゃないのに」
「ううん、ありがとう。話聞いてくれて」
「いやいや。私でよければ、ゆっくり話聞くよ。あ、ピラティスの体験レッスンにおいでよ!そのあとランチでもしよう」
私が言うと愛梨は安心したようだったので、ホッとして電話を切った。
体を起こし、シャワーを浴びて、最低限のスキンケアを施す。その間、スマホはピクリとしなかった。つまり、24時を回り誕生日を迎えたのに颯斗からの連絡はない。
無論、私たちは付き合っていない。彼氏彼女ではない。その関係を望んだのは私だ。
それなのに、こんなにも胸が苦しい自分に嫌気が差す。
― 何やってんだか、私は…。
もう潮時なのかもしれない。そう思いながら、私は大好きなマッカランでハイボールを作り、38歳になった自分を祝った。
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愛梨はまりかと会って相談することにするが…
この記事へのコメント
男性と来ているのでは?という絶妙な匂わせも完璧だ。
ゴメン、イタいおばさんに思えてしまう。たまに、50過ぎてもミッキーカチューシャ付けてはしゃいだ写真(勿論過度な美白加工)連投するような人いるけどさぁ。
まりかは、よくもまぁセフレ(?)とディズニー行ったなと...。でもこんな惨めな気持ちになる相手と一緒にいても自分の価値が下がるだけだから一刻も早く縁切った方がいい!