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だれもゆるしてくれない Vol.6

「もう会うのやめよう」突然届いたLINE。30歳男が動揺の末に出した結論とは

有栖川匠

日中にグルメを楽しみ部屋に戻ってくると、萌香が言った。

「でもぉ…水着着るの恥ずかしいなぁ」

夕飯まで時間があるから、少しプールで泳ごうと提案した俺への返事だった。窓際でモジモジと身を捩りながら恥ずかしそうにする萌香が可愛くて、ついからかいたくなる。

「今さら何言ってるの。水着を脱いでる状態だって見てるじゃん」

「だってそれは!暗くしてるし!…でも今水着来たら、プールは明るいしよく見えちゃうじゃん。

昨日から完全に食べ過ぎだもん。絶対太っちゃったから恥ずかしいの」

「そんなこと気にしてるの?萌香は全然太ってないし、どんな体型でも可愛いから大丈夫!

もし本当に太っちゃったら、東京帰ってから莉乃のところでピラティスでもすればいいよ」

― あ、しまった。

莉乃の名前が口に出たのと、頭の中で警報が鳴ったのは、全く同じタイミングだった。

― まあでも…別に、莉乃と萌香の間で何かがあったと決まったわけじゃないし。名前言っただけじゃ、失言ってほどでもないか。

トランクをひっくり返して水着を探していた俺は、そう思い直して萌香の方に振り向く。

「あいつ、ダイエットのプログラム組むの得意って言ってたからさ。結構実績あるみたいで…」

そう言いながら視線を上げた俺は、だけど、驚きのあまりそれ以上の言葉を続けることができなかった。

「え…」

萌香が、泣いている。

正確に言えば、今にも泣きそうな顔で鼻と耳を真っ赤にしている。

「えっ、どうした?ごめんごめん、なんで泣くの」

俺は、必死で平然を装おうとしている萌香のそばに慌てて駆け寄り、細い肩を抱きしめる。

そして、顔を伏せて隠そうとする萌香に無理やりこちらを向かせ、もう一度ゆっくりと問いかけた。

「ごめん。萌香が太ったら…って話したから?」

「…」

「じゃあもしかして───莉乃の話したから?」

「…」

その途端、萌香の大きな瞳から、ついにとどめきれなくなった大きな涙の粒がポロリと溢れた。

「ごめん…私、最悪だよね。こんなことでヤキモチ妬いちゃうの、恥ずかしいよ」

「ヤキモチ…。まさか萌香がそんなに嫌だったなんて、全然わかってあげられなくてごめん」

堰を切ったように涙を流す萌香を抱きしめながら、俺はひたすら謝罪の言葉をかけ続ける。

からまった紐を一本一本解きほぐすように話を聞き、分かったのはこんなことだった。

莉乃に何かされたわけじゃない。莉乃との間に何かトラブルがあったわけでもない。

だけど、莉乃と俺の長い歴史を目の当たりにすると、どうしても苦しくなってしまう。

こんなにも嫉妬してしまうのは、萌香に異性の友人がいなくて気持ちがわからないから。

それになにより、萌香には、過去に「彼氏の女友達」という存在に辛い目に遭わされた経験があるから──。


家族のような莉乃との関係に、男女のやましさはひとかけらもない。

萌香が嫉妬する必要は、一切ないと断言できる。

それは揺るぎない事実だけど、その事実はあくまでも、俺と莉乃にしかわからない事実なのだ。

萌香の苦しみにこれまで真剣に向き合えずにいた自分の鈍感さが、痛いほど恥ずかしかった。

だけどその一方で、心の奥に押し込んでいたモヤモヤとした気持ちは、すっかり晴れていた。

― そうか。莉乃はきっと、萌香のこういう気持ちに気がついて、それであんなことを…。

食事のあと急に「会わないほうがいい」と言い出した莉乃の奇妙な態度が、パズルのピースがはまるように付合する。

そしてその莉乃の態度についての納得は、俺に躊躇なく次の行動を取らせるのだった。


「萌香…辛い思いさせてごめん」

そう言うと俺は、萌香を抱きしめたままで、ハーフパンツのポケットからスマホを取り出す。

画面上に開いたのは、昨日も見ていた莉乃との最後のLINEのやりとりだ。

『莉乃:いや、お互い仕事も忙しいしさ。今までの距離が近すぎだったのかも』

莉乃のそのメッセージを包み隠さず萌香に見せると、俺は目の前ですぐに、返信メッセージを打ち込んで送信した。

「え、正輝くん…いいの?」

不安げな表情で画面を眺めていた萌香が、ハッと俺の顔を覗き込む。

「うん。もちろん。俺にとって一番大切なのは萌香だから。これで、ゆるしてほしい」

ごめんね、と小さく呟きながら、萌香が細い腕を俺の背中に回す。俺はそのハグに応えるように、さらに強い力で萌香の体を抱きしめた。

断続的なキスの陰で、手の中にあったスマホが床のラグへと落下する。

開いたままになっているトーク画面では、俺の送ったメッセージが早くも既読になっていた。

『正輝:そうだな。俺たちもう、今までみたいに連絡取り合うのはやめにしよう』


▶前回:「異性の友達なんて、ありえない」彼氏の女友達に嫉妬する、女子校育ち27歳女の本音

▶1話目はこちら:「彼氏がいるけど、親友の男友達と飲みに行く」30歳女のこの行動はOK?

▶Next:9月1日 月曜更新予定
「もう会わない」と決めた莉乃と正輝。だけど、そう決めた矢先に莉乃は…。

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この記事へのコメント

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No Name
秀治さんが今さら莉乃に何か言うわけもない。

いやいや、何勝手に決めつけて。実際結構強く言われたんじゃないかな、タクシー内では「いつまで続けるの?」程度だったけど。出来れば次秀治の本音を読みたい!多分莉乃と別れるのかも? で莉乃が相談に乗ってくれと正輝に頼み込んでまた萌香を傷つける的な?展開は止めて欲しい。
2025/08/25 05:2616Comment Icon1
No Name
読みながら何度も舌打ちする位、本当に正輝は能天気で困った男だわと思ってたら、最後なかなかやるじゃん。ようやく萌香も安心出来そうで良かった。
でも予告文.. 嫌な予感が。
2025/08/25 05:1614
No Name
莉乃との間の失態よりも、四人の席で何かやっちゃったかなとか考えないんだね正輝は。 萌香が4当分にお取り分けした莉乃のプレートから苦手なものを取り除いた事とか。
2025/08/25 05:4413Comment Icon2
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だれもゆるしてくれない

有栖川匠


尊敬。愛情。そして、下心。

男と女の間には、様々な関係性が存在する。

なかでも特に賛否を呼ぶのは、男女の間の”友情”は成立するかどうか。

その関係は、果たして「ゆるされる」ものなのか──?

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