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TOUGH COOKIES Vol.25

5年ぶりに再会した元カノから、突然「今夜、泊めて?」のひと言。35歳男は動揺したが…

「あれ?さっきのお姉さんだ」

ミチが注文を取り終えて振り返ったタイミングに、大輝の声が重なった。そこにいたのはメグだった。

「…どう、した?」

動揺を隠して早足でカウンターに戻って聞いたミチに、メグは「お願いっ」といきなり、自分の顔の前で両手を合わせた。

「…なにを…」

好奇心に満ち溢れた大輝の視線を感じながら平静を装うミチのことなど、お構いなしの様子で、メグは大輝とは間を一つ空けた席に座りながら言った。

「今日、ミチの家に泊めて」
「は?無理。つーかなんでだよ。さっき帰ったろ」
「そう帰った。でもマンションの前で、鍵がないってことに気づいちゃって。どこかで落としたみたい」
「管理人に頼めばいいだろ」
「うち、そんな24時間対応してくれる高級マンションじゃないもん。あ、鍵の110番的なものもイヤ。バカ高いんだから」

「じゃあホテルに泊まれよ」
「さっき調べたんだけど、この辺りって、せっまいビジネスホテルでも2万とか3万とかするんだよ?そんなの、無職の私にはもったいなくて無理」

確かに西麻布や六本木界隈では今、ホテルの値段が高騰している。さらに今日は金曜でいつもより割高なのは事実だが、ミチとしては受け入れるわけにはいかない。

「じゃあ、オレが出してやるからホテル代」
「お金がないわけじゃないの。でも払うのはもったいなくてイヤ」
「だからオレが出すって言ってるだろ。貸すわけじゃない。おごるんだぞ?」
「イヤ。元カレにおごってもらうなんて私のモラルに反するの」

ジントニックは華麗におごられて帰ったくせに、とか、元カレの家に泊まるのはモラルに反さないのかよ、とか、突っ込みたいことは色々あったが、昔から口論でメグに勝てた試しはないのだ。

ミチが次の言葉に迷っているうちに、元カレってことは…と、大輝が割り込んだ。

「お姉さんとミチさんは、付き合ってたってことですよね?」
「はい、そうです。ミチの元カノの、柏崎メグです。はじめまして、さっきドアを支えてくれたジェントルマンだよね~」

と、握手を求めたメグに、大輝は爽やかに答え、その後ミチを手招きした。憮然としたミチが「なんだよ」と大輝の正面に来ると、大輝はカウンター越しに身を乗り出してその耳元で、メグに聞こえぬようにささやいた。

「もしかして彼女ってミチさんにとって——“失ってから後悔しても遅い”の人ですか?」
「……違う」

ミチが歯ぎしりしそうな唸り声で否定した時、また入口のドアが開き、「あ!ともみちゃん!」と大輝が弾んだ声で手を上げた。

お疲れさまです~と近づいてきたともみは、瞬時に“何か様子がおかしい”と察知したようだったが、大輝に勧められるまま、大輝とメグの間に座った。

― 最悪だ。

少し前に、ともみはなぜか、「ミチさんって…彼女とかいるんですか?」という、ミチの恋愛事情に切り込んだ質問をしてきた。その時はともみをからかうことでごまかせたものの、あれ以上勘ぐられるのは本当に面倒くさいと、うんざりしたミチに気づくわけもなく、メグは、はじけるような笑みをともみに向けた。

「お姉さんも、ミチのお知り合い?初めまして、私、メグっていいます。ミチの元カノってやつです」

目を大きく見開いたともみはその驚きを隠そうともせず、メグの握手に応えつつも、“元恋人同士”を、意味深に見比べ始めた。

― もう、マジで勘弁してくれ。

ミチは、これ以上は耐えられないとばかりに(でもその感情は隠して)ともみに聞いた。

「ともみ、雨はまだ降ってたか?」
「いえ、止んでましたけど」
「よし、じゃあ、ともみと大輝は、今から夜桜を見てこい。夜桜デートだ。ここからだと、広尾から明治通り沿いを歩いていくのが、一番近くてきれいだろ」
「え…?」


はじめて聞いたミチの早口にともみは驚き、「でも、もう少し元カノさんの話を…」とふざけた大輝のシャツの胸倉を、ミチがグッと掴んで引き寄せる。

「さっきの話を…ともみにバラされたいか?」

今度はミチが大輝の耳元でささやいた、その様子を、戸惑い顔のともみが伺っている。

「わかりました。行ってきますよ、夜桜デートに。ね、ともみちゃん」

うん…と空気を読んだともみが立ち上がり、出口へと向かう。ミチは、「今日はオレのオゴリ」と大輝の支払いを断ると、ともみに聞こえないように、声のトーンを下げた。

「ついでに話してこいよ。お前の本音を」
「…それは、ミチさんも、じゃないですか?」
「こっちはもうとっくに終わってんだよ」

ミチに睨まれた大輝が声を上げて笑って——ともみと大輝は予期せぬ夜桜デートへ、そしてミチは“忘れられない女(ひと)”を自宅に泊める羽目になるという、2組の男女の、長くて忘れられない夜が…始まった。


▶前回:「このまま彼と結婚しても、幸せにはなれない」30歳女が下した苦渋の決断とは

▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱

▶NEXT:8月19日 火曜更新予定

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この記事へのコメント

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No Name
人類皆殺しにしそうな色気ww
ミチと大輝のやり取り、面白過ぎる! ホテルに泊まれよ俺が出すから→お金はあるけど払うのはもったいないからイヤ とかメグとのやり取りなんだかかわいい。
2025/08/12 05:3228Comment Icon3
No Name
お久しぶりの大輝!! やっぱり最後はともみと上手くいくのかなと。
2025/08/12 05:2724Comment Icon1
No Name
本当に最近の下手な月9なんか比べものにならない位面白い👍
東カレさん、本気出してNetflixにドラマ化打診してほしいです
2025/08/12 08:4223Comment Icon1
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TOUGH COOKIES

港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。

女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが

その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。

心が壊れてしまいそうな夜。
踏み出す勇気が欲しい夜。

そんな夜には、ぜひ
BAR TOUGH COOKIESへ。

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