あれから5年。彼女は母になったが、私は独身のまま。起業して、趣味の延長でピラティスを教えたり、推し活に勤しんだり、気ままに生きている。
女の生き方は十人十色。人それぞれ。
けれど、子育て未経験者…要するに私は、由里子や愛梨に比べて女性として、なんだか中途半端で未熟な気がしてしまった。
由里子と愛梨は、自由に生きている私のことをキラキラした目で見ていたような気がするが、私は、自分以上に大切なものがないだけなのだ。
「ダメだ。仕事モードに切り替えなきゃ…」そう呟きながら、スタジオを出る。
タクシーで自宅に戻り、シャワーを浴びてからオフィスへ向かおうと、服を脱いだ時、スマホが鳴った。
『横山 颯斗:まりかー、今日の夜行っていい?』
表示された名前に、思わず笑みがこぼれる。
颯斗は29歳の広告代理店勤務。知り合ったのは、たこ焼きを出す小洒落た西麻布のBARだった。
最初は、ただの“若くてかわいいヤツ”だったのに、気づけば定期的に会うようになっていた。
会えば気が紛れるのはわかっているけれど、今日はちょっと、気分が乗らない。
『まりか:どうしようかな、ちょっと疲れてるんだよね』
『横山 颯斗:癒やす自信はあります。てか、まだ午前中なのに疲れないでよ 笑』
― 相変わらず、返しがツボなんだよな。
彼とのやり取りで早々に癒やされてしまった私は、結局、今夜家に来るのを許可してしまった。
◆
その日の20時。インターホンが鳴り、画面に映った颯斗が「開けてー」と言う。
玄関のドアを開けると「はい、お土産」とコンビニの袋を手渡してきた。
中から出てきたのは、缶ビールとのり塩のポテチに私が好きな抹茶のアイスが5つも。
「…君さ、私にはとりあえず、これ買えばいいと思ってる?」
「だって、まりかワインにはこだわりがあるけどビールなら銘柄はなんでもいいでしょ?それに、小洒落た手土産よりも、ハーゲンダッツでいいっていつも言うじゃん」
「まぁ、そうなんだけど。5個も買うなら、バニラといちごも入れてよ」
私が言うと颯斗が「そこか」と笑い、つられて私も笑った。そんな他愛もない会話に幸せを感じてしまう。
お腹が空いていると言った颯斗に、明太子パスタを用意してやり、ソファに並んでビールを飲みながら、Netflixで人気の韓国ドラマを観る。
「颯斗、湯船に浸かる?お湯入れようか。私さっきシャワーで済ませちゃって」
「ううん、大丈夫。僕もシャワー浴びてくるね」
バスルームから出てきた颯斗は、ソファに横になっている私にキスをして「ベッドいこ」と誘う。
もう何度も彼と抱き合っているのに、毎回ちゃんとドキドキするし、予想外な展開になったりする。これはきっと相性というよりも、颯斗の天性のセンス。だから私は、会うのをやめられないのかもしれない。
彼が寝息を立てたころ、天井を見つめながら、ふと思った。
― でも…ずっとこのままでいいのかな。
若い頃に想像していた37歳よりも、なんだかとても若い感覚のままでいる自分が時々不安になる。
仕事もそれなりに成功しているし、好きなことをして、お金も稼いで、自由に生きている。でも、誰かと未来を共有するような“確信”や“安心”は、どこにもなければ、自分よりも大切な人もいない。
颯斗だっていつかは本命の彼女と結婚して、私のことなんて「そういえばいたな」くらいの存在になるのだろう。
― ねぇ、颯斗。私どうしたらいいんだろうね?
心の中で問いかけながら、私はしばらくその寝顔を見ていた。
◆
翌日、六本木のカフェで一人、PCを開いてクライアントに送る提案書を仕上げていた。
夜の不安のほとんどは、朝がくれば薄れる。ひとりで色々なことを考える暇がなくなるからだ。コーヒーの香りと、店内のジャズ。こうしていると「仕事が恋人」なんて言葉も悪くないと思える。
ふと隣のテーブルで赤ちゃんを抱っこしているママと目が合い、赤ちゃんに小さく手を振る。
あのママだって、きっと楽しいことや嬉しいことばかりじゃなく、由里子や愛梨みたいに、大変で、もどかしくて、泣きたい夜もあるのだろう。
― お互い、がんばろうね。
私は心の中でエールを送り、由里子からのLINEに返信をする。
『まりか:返事遅れてごめーん!ドレスコードありのパーティー?最高♡楽しそう♡♡もちろん行く』
子育てをしている友達は尊敬する。でも、だからといって自分を卑下する必要は全くないのだ。
自分の選択に自信が持てなくても、いつか誇れるように、今はやるべきことをやるだけ。私は、まだ温かいコーヒーを一口飲み、パソコンに向かう。
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愛梨・由里子・まりかが再集合。楽しいパーティーの後に待っていたのは…
この記事へのコメント
場所(家)も提供して、夜食も出してあげてるのに。