「では、立ち上がって。脚はこぶし幅。最後にロールアップとロールダウンしていきましょう。一骨一骨丁寧に」
「また来週お願いします」と生徒が帰っていき、水を飲みながらひと息つくと、スタジオのガラス越しに六本木ヒルズが視界に入った。
あのビルの中で働いている人たちと同じように、このあと仕事の予定がビッシリと詰まっていることに気づき、無言で気合を入れ直す。
ふとスマホを見ると、由里子からLINEが入っていた。
『由里子:この間は久しぶりに会えて嬉しかった!都合が合えば、このイベントに一緒に行かない?愛梨ちゃんも好きそうだし、3人で』
メッセージには、URLも貼り付けられている。
数年前、あんなに仲が良かった由里子を避けてしまったのは私だ。それを彼女もわかっているはずなのに、先日の偶然の再会を機に連絡をくれた。
その懐が深いところは相変わらずだな、と思う。
再会できたのは嬉しいし、日を空けずに誘ってくれるのもありがたい。
けれど、正直、まだちょっと戸惑っている。
思えば、20代後半から30代前半まで、由里子とは毎週のように飲み歩いていた。中目黒からの恵比寿、西麻布からの六本木。話題の店はすぐに予約し、馴染みの店員がいるバーには必ず顔を出した。
だけど、由里子が結婚・妊娠したころから、関係は少しずつ変わっていった。
「今夜行ける?」そんな気軽な誘いはできなくなったし、実際彼女は誘っても来なくなった。最初は仕方ないと思っていたけれど、気づけばLINEの頻度も激減し、由里子のいない日常が当たり前のものになっていった。
その時感じたのは、寂しさや疎外感というよりは、言葉にできない“温度差”と焦りだった。
子どもが生まれた友人たちが集まる場に顔を出すと、話題は決まって「保育園や幼稚園のこと」「ワンオペの愚痴」「夫との家事分担」に集中する。
私はそのどれにも共感できないし、話に交ざる資格もないように思えた。
「ふぅ……」
ため息をついてスマホをバッグに入れる。LINEの返信は、今じゃなくてもいい。
この記事へのコメント
場所(家)も提供して、夜食も出してあげてるのに。