強がりなメグは、辛いことがあっても、わかりやすく落ち込むことはない。「悪い事を口にすると、それが実現しそうでイヤ」と、愚痴や不満、理不尽への怒りを紛らわすように他の話題で饒舌になり、結局ミチにバレてしまうというのがいつものパターンだった。
「…やっぱり、バレちゃうね。ほんとに、ほんとに、久しぶりにミチと会えたから…せめて食事が終わるまでは、ミチに楽しい気持ちでいて欲しかったんだけど」
「もうデザートだし、話したら?オレは平気だから」
まさか別れを切りだされるとは思いもよらず、ミチはそう促した。仕事の失敗か、上司に対する不満を吐き出すことを遠慮していたのだろうとしか、考えていなかったのだ。
ちょうどそのタイミングでデザートが運ばれてきた。メロンのスープとミントのグラニテ。完熟メロンをピューレにして冷たいスープ状にし、その上にグラニテと呼ばれるミントのシャーベットがのせられた、フランス由来の旬のデザートだった。
甘いものが大好きで、普段なら店に入れば、真っ先にデザートを確かめるメグが、その日はミチに促されるまでメニューを開かず、注文の全てをミチに任せた時点で、その異変に気がつくべきだったのに。
その時の自分が、久しぶりにメグに会えること、そして同棲を切りだすことにいかに浮かれていたのかということを——ミチはその後も、苦い痛みと共に度々思い出すことになった。
そして、告げられた。
「大好きだけど、別れる。絶対に別れる。もう決めたの。ミチが私のこと大好きなのも知ってる。でもごめん」
涙をこらえた笑顔に——ミチは何も言えなくなった。溶け出したグラニテがメロンのスープと混ざり始めても沈黙が続いた。同棲、そして結婚への未来が、ふわふわと宙に浮き、ぐんぐんと遠ざかっていくようにミチは感じていた。
結局デザートは、一口も手をつけられないまま置き去りにされ。
その後、別れを受け入れたミチが、我ながら未練がましいと情けなくなりながらも——捨ててくれてもいいという手紙と共に、最後のプレゼントとして、誕生日当日に届くようにと郵送したブレスレットは、今もメグの手首につけられている。
その後すぐに、日本を出たメグの消息をミチが知ったのは、3年後だった。メグが撮った戦争孤児の女の子の写真が、国際的な賞を撮ったことがネットニュースになったのだ。
そしてミチの前に再び、現れたのがその翌年で、今夜のように——嵐のように突然Sneetを訪ねてきて、ミチを驚かせた。
「恋人じゃなくなっても、ミチが一番大切な人。どこで生きても、それはずっと変わらない」
よりを戻したいとかじゃないから安心して、とメグは舌を出して笑った。そしてジントニックを一杯だけ飲み干すと、「また来るね」と、いつになるかもわからない約束を残して颯爽と去って行き、そのいつかは今日になったのだが。
付き合っていた頃のメグからの愛情を疑ったことは一度もない。誰よりも大事に愛されている自信と自覚がミチにはあった。それは確信だった。
けれどそんなミチを捨ててまで、メグが選んだ仕事。命をかけ世界を飛び回り、苦しむ人達の真実を伝える。それは今やメグにとって、人生をかけた使命ともいえるものになっているはずなのに。
そんな使命を…休む、とは。
― 無理に聞いても、これ以上は話さない、か。
何かがあったのだろうとは推測しながら、ミチは追及することをやめた。
「ということで、ここにもめちゃくちゃ通わせてもらうからよろしくね!」
メグの無邪気な宣言に、光江とメグが遭遇したら厄介だなと、眉を寄せたミチだったが。
実は光江よりも先に——ともみがメグが鉢合わせることになるとは、この時のミチには想像もできないことだった。
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