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そうして迎えた、“親友”に紹介してもらう日。
約束の時間に遅れそうになった私は、新橋駅から電車に乗ったタイミングで「ちょっと遅れちゃいそう」と正輝くんにLINEを入れた。
正輝くんの親友が女の子だと聞いて、機嫌を損ねて遅れたわけじゃない。こんな日に限って仕事が長引いてしまっただけ。
よくよく考えれば、私は将来正輝くんのお嫁さんになりたいのだから、親友…莉乃さんに紹介してもらえるのは喜ぶべきことなのだ。
私に異性の友達がいないからといって、変にスネて正輝くんから嫌われてしまうのが一番怖い。
女友達との関係をゆるす、ゆるさないなんて、私の決めることじゃない。
そんなふうに気持ちはちゃんと切り替えて、今日という日を迎えたつもりだった。
だけど…。
19時を少し過ぎて中目黒駅に降りた私は、ふと思い出す。
― 今日のお店のこと正輝くん、「俺たちのいつも行く店」って言ってた。
「俺、中目黒好きなんだよねぇ」
初めて会った日。満開の桜を眩しそうに見つめながら、そう言ってたっけ。
― それって、莉乃さんとよく中目黒に来るからだったり…?
早速つまらない考えを浮かべてしまった自分自身に驚き、私は慌ててスマホを取り出す。
― とにかく、早く正輝くんに会いたいな。会って、安心したい…。
そう考えながら正輝くんを呼び出した私を、この後さらに不安にさせる状況が待ち受けているなんて──。
この時の私は、全く考えていなかった。
駅まで迎えに来てくれた正輝くんに連れられてお店まで辿り着いた私は、自分の顔が思わず歪むのを感じた。
「初めまして!萌香ちゃん。正輝の腐れ縁の莉乃です」
ハキハキとそう言ってカウンター席を立った莉乃さんが、あまりにも綺麗な人だったから。
切れ長の奥二重。キラキラと輝く黒い瞳。健康的なイエベの肌。
きゅっと引き締まって小さい顔は、化粧っけがないけれど毛穴もなくて、そもそもファンデなんて必要ないように見える。
165cmはありそうなスラっとした高身長で、それなのに女性らしい凹凸のある体つきは、体格のいい正輝くんの横に並ぶと“同じ物語の登場人物”という感じがした。
チビで体が薄くて、目が大きいだけで地味なすっぴんをカラコンとメイクで盛っている私とは、何もかもが違う。メイクでは作れないタイプの、本物の美人だ。
ファッションも、ヨーコチャンのフリルのワンピを着ている私とは全然違っていた。
スタイルがいい人は何を着ても似合うというのを、否が応でもわからせられるようなカジュアルなスタイル。
ブランド名が見えなくても品質の良さがわかるシンプルな白いTシャツに、レギンスに、そして───スニーカー。
「おいおい、あんまり萌香のこと脅かすなよ」
「ちがっ!そんなつもりないって」
正輝くんと莉乃さんの戯れ合うようなやりとりでハッと現実に返った私は、手ぐしで前髪を直しながら慌てて笑顔を繕う。
「ごめんなさいっ。莉乃さんがあんまり素敵な人だったので、ビックリしちゃいました。
正輝くんの彼女の、萌香です。よろしくおねがいします」
「正輝はさぁ、こう見えてほんと抜けてるところあるから。ほら、あのプロジェクトの時も」
「いやいやいやいや、あれは莉乃のせいだろ!」
「違いますぅ〜。ねえー、萌香ちゃんどう思う?正輝ひどくない?」
「あはは…。どう、ですかねぇ〜」
会が始まってから1時間が経っても、カウンター席で正輝くんと莉乃さんに挟まれながら私が吐き続けるのは、当たり障りのない相槌だけだった。
だって、会話の内容があんまりわからないから。
もっと正確に言えば、面白くないから。
正輝くんも莉乃さんも、私にもわかるように会話の合間で解説はしてくれる。
だけどそれはあくまでも正輝くんと莉乃さんだけの思い出であって、たとえ内容が理解できたとしても、私には関係のない遠い出来事のように感じられた。
その中でもしっかりとわかったのは、莉乃さんには9年付き合っている彼氏がいるということ。
だけど、結婚願望は全くないこと。
そして、今は外コンを辞めて、ピラティススタジオを経営しているということくらい。
「もともとピラティスとかヨガとか好きだったんだけど、趣味が高じちゃって。
心の底からやりがいを持って、やりたいことを仕事にしたいなぁって思ったの。外コンではもう、稼ぐだけ稼いだしね」
「はぁ〜。いくら稼いだってすぐに足りなくなるくせに、よく言うよ」
「うるさいよ、正輝!」
またしても会話についていけなくなった私は、莉乃さんがおすすめしてくれたゴロゴロと果肉が入ったレモンサワーに口をつけた。
― 莉乃さんが本当に正輝くんの親友だっていうのなら、ちゃんと仲良くなりたい。でも、もしそうじゃないのなら。もし、ただの親友じゃないのなら…。
…けん制しないといけない。
「あはは」とまたしても笑顔を作りながら私は、必死でザラザラとした感情を押さえつけた。
だって、正輝くんのことが大好きだから。
絶対に正輝くんと結婚して、幸せな家庭を築きたいから。
レモンサワーの酸っぱい、少しだけ苦い味わいが、舌の上に広がる。
3年前みたいに“あんなこと”が起きるのだけは、もう2度とゆるされない。
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親友の莉乃と、恋人の萌香。大事なふたりを紹介し終えた、正輝の本音
この記事へのコメント
莉乃の「正輝はさぁ、こう見えてほんと抜けてるところあるから。ほらあのプロジェクトの時も」
この発言...続きを見るも無神経極まりない。
昔のプロジェクト?あれは莉乃のせいだろ!とか同じ会社で働いてたの?と思うほどお互いの過去とか楽しそう話されて「どう思う?」言われても困る🤷🏻♂️ 挨拶後すぐタメ口、勝手にちゃん呼び。妙に上からな女に感じて、仲良くなりたい気持ちも失せる。
うそーーーーー? 今日は全く全然微塵も気配り無かったけど。
親友親友って莉乃の話を頻繁にしてた時点でもう...