A1:初対面では、価値観が合うと思った。
大貴と出会ったのは、先輩である圭介の送別会だった。先輩といっても何の先輩かわからないけれど、何となくお世話になった人である。
そんな圭介が大阪へ行くというので送別会に参加してみたものの、知らない人ばかりで、会場に着いた途端に「来るんじゃなかった…」と後悔することになる。
「どうしようかな…帰ろうかな…でも、もう少しいないとかな…」
そう思いながらとにかく隅っこのほうにいると、同じようにひとりで参加したのか、気まずそうにしている人がいた。それが大貴だった。
しかも不意に目が合うと、向こうから急に話しかけてきた。
「こんばんは。圭介のお友達ですか?」
「そうなんです。でも知り合いがいなくて、どうしようかなと」
そう言うと、ニコッと微笑みかけてきた大貴。
「あの…良ければ、どこか近くで飲み直しませんか?飲み足りなくて」
突然の誘いに、一瞬耳を疑う。私は人見知りなので、こんな誘い方、絶対にできない。むしろ尊敬する。
「え…?誘う相手、私で合っていますか?」
「はい、合っています」
その笑顔に嘘はなさそうで、私も気がつけば頷いていた。
「私もどこかで飲み直したい気分だったので、行きましょう!」
こうして圭介に軽く挨拶をして会場を後にし、二人で近場のアイリッシュパブに流れ込んだ。
「あ〜疲れた…」
大貴がビールを一口飲んだ後に漏らした言葉に、激しく同意する。
「わかります。私、ああいう知らない人ばかりがいる場が苦手で。圭介さんにはお世話になったので行ったのですが…。やっぱり居心地が悪かったです」
「ああいう場が得意な人が、羨ましいです」
「そうですね」
しかしもう一口ビールを飲もうとしたタイミングで、ハッと気がついたことがある。それは大貴も同じだったようで、二人揃って顔を見合わせた。
「あ…!」
「名前…!」
そのタイミングがあまりにも一緒で、また笑ってしまう。
「僕たち、名前も知らないのに飲んでいますね」
「そうですね。私はあずさです。矢野あずさ。ちなみにひらがなです」
「可愛い名前ですね。僕は大貴です。下川大貴で、大きな貴族と書きます」
「すごい!大成しそうな名前」
初対面だけれど空気感が似ていて、話しやすい。「こういう出会いが、実は大きく発展するのかも…?」なんて、つい思ってしまう。
しかもそれだけではない。話していると、お互い似たような業界にいることもわかった。
「あずささん、お仕事は何をされているんですか?」
「私はフリーのエディターをしています」
「え!僕、出版社勤務なんです」
「うっそ!どこの出版社ですか?」
― この人、すごくいいかも。圭介さん、ありがとう!
そう思っていると、大貴はちゃんとデートにも誘ってきてくれた。
「本当に、楽しいな…。良ければ、今度ちゃんとお昼から会いませんか?デートということで」
「いいですね。何しましょう?」
「昼デートなので…映画とか?観たい映画があって」
「いつにします?」
もはや、完璧な出会い方だったのかもしれない。そんなことすら思っていた。でも初デートで、大人になると恋愛をすることが難しいなと改めて思うことになる…。
この記事へのコメント
前のめりになって「いつにします?」と言ったあずさも悪い。