2人の結婚を浜本家が…しぶしぶ認めた後すぐに、記事が出たのだという。
「“浜本ジュニア、親の反対を押し切って実らせた純愛”みたいな感じで、マスコミに祭り上げられてさ。選挙に有益なご令嬢との結婚を選ばず、貧しい母子家庭で育った女性を守った！的に騒がれ始めたのよ」
「貧しい母子家庭…って、葵さんって本当にそうなんですか？」
「それが本当なんだよね。誰がリークしたのか、葵が生まれ育った場所はもちろん、生まれた時から父親がいなくて高校もろくに通えず、母親を養うために早くから夜の店で働いていた的なことまできっちり調べ上げられてた。
で、恵まれない人生を健気に生きてきた女性と、その子どもを守ることを選んだ浜本ジュニアは、愛を貫いたヒーローだ！みたいに、ガガガっと女性支持率が上がったってわけ。
葵もシンデレラガールとして羨望の的になって、凪が生まれてから夫婦で取材を受けたりもし始めてさ。その度に宏太朗さんの好感度は爆上がりしたの」
こうして浜本宏太朗は、衆議院選挙でもトップ当選。今日に至るまで、好感度を保ち続けてきた…というのだが。実はその本性は、純愛を貫いたヒーローとは程遠いものだった。
「世間の評価に調子にのったのか、アイツの…宏太朗さんの女グセがどんどん悪くなり始めたわけ。まあボンボンだから金払いはいいし、ほら一応イケメン議員とか言われてるし、会えばカリスマ性もあるっていうから、モテるんだろうけどさ」
イケメン議員、と言われて、ともみは改めて“浜本宏太朗”を携帯で検索してみた。46歳だというその年齢の割には、鍛えているのか贅肉は感じられず、長身でスタイルは良い。
スタイリストが付いているのか、スーツも私服も上品で、一重の鋭い目や角ばった顎にも男性的な魅力があると評判らしい…が。
「所詮、議員の割にはイケメン、ってレベルですよ」
割には、を強調して切り捨てたともみを愛が、相変わらず、イケメンのジャッジには厳しいよねぇ、と笑った。
「葵はもちろん…仕事を辞めて専業主婦になったけど、政治家の妻なんて忙しいだろうなって私も遠慮しちゃって、疎遠になってたの。でも料理教室を始めるから来ない？って久しぶりに葵から連絡が来たのが、凪が小学生になったばっかりの頃だったと思う」
ちらりと愛さんが化粧室の方を見た。誰と話しているのか、凪の電話は随分長く、まだ続いている。
「うちの子が当時まだ3歳くらいだったから、子どもを連れて行ってもいいならって感じで参加したの。料理を教わる間は、シッターさんが別部屋で子どもたちを見ててくれるっていう、子どもが小さくても参加しやすい料理教室でさ」
愛にも、離婚した夫との間に息子が一人いて、今は海外の学校に通っているのだと、ともみは、以前、聞いた覚えがあった。
「凪もそこに来てたけど、他の子どもとは一切遊ばず、ずっと一人で本を読んでるみたいな、めちゃくちゃ大人しい子でさ。きちんとしつけられてるんだなぁって、想像してたんだけど。
ある日、料理教室が終わった時、葵に今日ひと晩、凪を預かってくれないかって言われたの。理由を聞くと、夫が久々に帰ってくるから、ケンカを見せたくないんだって」
そこで初めて愛は、葵の夫が事務所と銘打った別宅を持ち、そこに愛人が通って来ているらしいと知った。
「その頃、私もまだ結婚してたけど、夫との関係が悪くなってた時期で。ケンカを見せたくないっていう気持ちわかるなって思って。あんまり深くは追求せず、そこから凪をたまに預かるようになって。
うちの子も凪が来ると喜んだし、女の子ってオシャレの話とかもできるから、凪を預かることは、単純に楽しかったんだよね。
多い時は、週に一度くらいは泊まりにきてたんじゃないかな。その頃に、凪が私のこと、愛ママって呼んでいい？って聞いてきたから、それ以来、そう呼ばれるようになったんだけど」
ふぅ、と、溜息をついた愛が続けた。
「凪が泊まりに来る頻度が上がるってことは、夫婦仲がどんどん悪くなってたってことだよね。宏太朗さんの女遊びは相変わらずだったみたいだし、何度か離婚を勧めたけど、葵は、できない、無理だって言うの。
まあ政治家さんの家だからさ。私なんかには理解できない、難しい事情があるんだろうなって、それ以上立ち入るのをやめたの」
確かに、代々閣僚という家での離婚となると、夫婦だけの問題ではなくなるのだろうと、ともみにも想像できた。
「その後、私が離婚することになって、その騒動で料理教室も通えなくなったし、凪も預かれなくなっちゃったんだよね。
でも、凪のことは心配だったから、葵に許可をとった上で、凪と個人的に連絡先を交換したの。なんかあれば、いつでも連絡してね、って。
で、2、3か月に一回くらいは、愛ママご飯つれてって～って凪から言ってきたりしてその度に、のんきに恋バナとか聞いてたんだけどさ。
でも、それがぱったりと途絶えたのが、1年くらい前かな。こっちから連絡しても既読スルーされてたし。思春期だし、まあそんなもんかって思ってたんだけど」
3週間ほど前に、突然、葵から電話がかかってきたのだという。娘が帰ってこないのだけど、愛の方に連絡がきていないかと。
「何年ぶり？っていう電話だったのに、近況報告なんかもなく、いきなり本題でさ。
その時の葵が、なんか怖かったのよ。聞いたらもう4、5日は帰ってきてないっていうから、警察に届け出を出した方がいいんじゃない？って言ったんだけど、クレジットカードの使用履歴でなんとなく居場所はわかってるから、って淡々としてるわけ。
で、そのテンションのまま、連絡がきたら教えてって電話を切られたもんだから、私の方が焦っちゃって、凪の携帯に鬼電よ鬼電。でも何度かけても出やしないし、今思い出しても腹立つわ～！！」
と愛が叫んだところで、凪が、何が腹立つのぉ～？と、化粧室から出てきた。
「お前にだよ！！こっちは散々心配してんのに、どこのヤカラかもわからない男と、路上でチュッチュイチャイチャしてるところ見つけたら、腹立つに決まってんだろ！！」
愛さん、めちゃくちゃ口が悪くなってます…と恐る恐るたしなめたともみに、我に返ったように愛がごめんと謝る。そして、あんたのママにもう一回だけ電話してくるから、ここで大人しくしてなさいよ！と凪を睨んで店を出て行った。
そんな愛を、ニコニコと楽しそうに見送った凪が、カウンター席に座りなおしながら言った。
この記事へのコメント