長い夏の日が落ちた19時過ぎ。
暑さにじっとりと汗ばんだワイシャツを腕まくりし、タクシーへと飛び乗った。
「新宿まで」
向かった先は、いつもの店だ。
“俺たち”が入社してから10年。どちらが提案したわけでもないのに、気がつけば会う時はいつも、同じ店に集合することになっている。
その理由はもちろん───。
同期と語らう特別な夜。それぞれの手に掲げられた「オールドパー」のグラス
タクシーは、約束の時間ちょうどに店に到着する。慣れた扉をくぐると、ちょうど同期も席についたところのようだった。
「おう」
「元気か?」
揃って飲むのは久しぶりだけれど、そんな感じはしない。
ビジネスマンとして、ライバルでもある会社の同期。
お互いに刺激を与え合える存在でありながら、気の置けない友人としてもすっかりかけがえのない相手になっているのだ。
この店に集まるようになったのは、「オールドパー」があるからだ。
右も左もわからなかった新入社員の頃。ふたり揃って上司に連れてこられたこの店で、斜めのまま自立するボトルを見せられた。
「右肩上がりで縁起がいいだろ、だからビジネスマンに愛されるんだ。
それにこのウイスキーは、時代を超えて長い間愛され続けている。お前らも早く、そんな価値を作れる男になれよ」
それ以来、集まる時は決まってオールドパーのあるこの店になった。
俺はハイボール。
同期は水割り。
オールドパーの調和の取れた柔らかな味わいは、卓越したブレンディング技術から生み出されるのだという。
それぞれ好みのどんな飲み方で楽しんでも、食事の味を引き立ててくれるのが不思議だ。
俺の注文したハイボールはすっきりとした飲み口で、蒸し暑い夏の不快感を一瞬で吹き飛ばしてくれた。
「それにしても、お前もついに海外転勤か…。大抜擢だな」
「おう、ありがとな」
軽口を叩き合いながら、グラスを合わせる。
実は今夜はただの同期会ではなく、同期の壮行会も兼ねているのだ。海外支社への転勤は、社から大きな期待を寄せられていることを意味している。
オールドパーがもたらす心地よい時間が、少しずつ気持ちをほぐしてくれたのだろうか。「負けてはいられない」というライバル心よりも、素直な想いを言葉にさせてくれた。
「がんばれよ」
クラックル模様が美しいオールドパーのボトルが、テーブルの上で存在感を放っている。この模様には、かつて主流だった陶製ボトルの伝統を継承する精神が込められているのだと、以前どこかで聞いたっけ。
― “本物”の価値…。俺もいつかは仕事で、時代を越えるような価値を生み出してみたい。
日頃のストレスから解き放たれてリフレッシュした気持ちになれるのも、こうして気の置けない仲間と心からリラックスできる時間を過ごせているおかげだ。
「遊びに行くよ。近いうちに、向こうでもまた会おうぜ」
「待ってるぞ。遊びじゃなくてな。お前にも、きっと声がかかるはずだ」
ゆったりとした気分で、俺はもう一度オールドパーのボトルを斜めに立たせた。
不思議と倒れないそのシンボリックな形状は、俺たちの信念を表しているかのようにも見える。
カラン、と涼やかな音を立てて、氷がグラスの中で回った。ハイボールの芳醇な味と香りが、夏の夜に蕩けていく。
尽きない会話に、短い夜は更ける。
次に会う時も互いを高め合える存在でいられるよう願いを込めて、俺たちは何度もグラスを満たした。