751f1a762670e62e73e4bc358f21bd
30歳になりまして Vol.7

「婚期を逃しそう…」5歳下の彼に、結婚話ができない30歳女の切実な悩み



「ん、本当に美味しい。しょうがとにんにくがしっかり効いてる」

蒼人が揚げた唐揚げを頬張って、ビールグラスを傾ける。空いたグラスには、蒼人がすぐにビールを注いでくれる。

引っ越ししたてでまだ慣れないリビングの景色。テーブルに置かれた新しいティッシュケース。その横に飾ってある、近所の花屋で買ったダリア。

何もかもがピカピカまぶしい。同棲して、自分の人生がひとつ、大きく前に進んだ感覚がしている。

「菜穂が買ってきたこの花…えっと、ダリアだっけ?きれいで堂々としている感じが、菜穂にすごく似合うよね」

「うれしい。私の一番好きな花で、季節には毎週のように買っちゃうんだ」

ダリアはメキシコ原産の花で、花言葉は、赤は『華やか』、白は『感謝』。そんなことを話す私に、蒼人は、なぜかとても嬉しそうに笑いかけた。


「僕ね、菜穂さんのそういうところが好き」

「え?どういうとこ?」

「自分のお気に入りがしっかりあるところ。たとえばさ…」

私は、彼の言葉を待つ。

「たとえば、この前スーパーで調味料を買い揃えたときもそう。醤油ひとつとってもお気に入りが決まってたでしょう?そういうのいいよね」

蒼人は「僕は『なんとなくいいな』だけ選んじゃうからさあ」と笑いながら、唐揚げを口に運んだ。

その整った顔を見つめながら、私は、思う。

自分の好きなものがこんなにもはっきりしてきたのは、ここ数年な気がすると。

20代半ばまでは、あらゆるものを試して、失敗したり気に入ったりを繰り返した。いわゆるアラサーになってから、自分の好みが固まってきたのだ。

― 私と蒼人を隔てている「20代の5年」って、随分大きいんだよなあ。


そんなことを考えていたら、蒼人が「そうだ」と、こちらを見た。

「11月、どこかに旅行しない?年明けから新卒採用でバタバタするだろうから、今のうちにゆっくりしたくて。そろそろ半年記念日だしね」

「いいね、じゃあ温泉旅行にする?箱根あたりでのんびりしたい」

「旅館の候補出してみるよ。ちょうど、会社の創立記念休暇があるでしょう?そこを使って2泊くらいしたいよね」

私は「ありがとう」と言いながら、また唐揚げを味わう。

― なんか、幸せすぎないか。

本当は蒼人と、「結婚」というかたちをとれるのがベストではある。

でも「結婚」なんてワードは、若い彼にとってプレッシャーになるだけだろう。

それでこの穏やかな幸せを壊すくらいなら、今のままでいい。いわゆる婚期を逃したとしても、きっと私は、後悔しない。



― って、そんな悠長なこと、言ってられないか。

幸せ気分でのぼせていた私が冷静になったのは、翌日の夜のことだった。

この記事へのコメント

Pencil solidコメントする
No Name
アプリに相談所にと…あれだけ焦っていたのに、なぜ付き合う前に結婚願望の話をしなかったのか理解に苦しむ。更に5カ月黙っていて同棲のタイミングでも言わなかったって?ちょっと有り得ない。更に、本人から聞かれても結婚はじっくり決めたい急ぐ必要ないって…
急にイライラしてきて悲しくなり別れを切り出す流れなら、まるで『男女の答え合わせ』
2025/06/18 05:3018Comment Icon1
No Name
おい、唐揚げ食いすぎんな! 「頬張る」は頬が膨らむほど口いっぱいに詰め込んで食べると言う意味だから、菜穂は食べ方が汚い人って事かな...
まるでリスか石破総理か?
2025/06/18 05:2215Comment Icon2
No Name
澤石が意外に出来た彼氏で驚いた。 菜穂は目先の平和な関係に囚われ過ぎて結婚や出産を含めた将来から目を背けてるようにも感じられる。本音で話し、ぶつかってこそお互いの気持ちを理解できることもあるし、それでフラれるなら早く関係が終わってよかったと思えばいい。まだアラサー、次の人を探せばいいだけ。 全然応援できない主人公でつまらない。
2025/06/18 07:2915
もっと見る ( 20 件 )

30歳になりまして

「30歳」

その数字は、女性の心に妙に重くのしかかる。

「年齢なんてただの数字」と本人は思っていても、世間がそれを許してくれない。

職場では、つい最近まで若手だったはずなのに、いつのまにか中堅どころになっている。

マッチングアプリだって自動的に30歳になった途端に「いいね」が減った気がする。

気持ちは追いついていないのに、30歳という年齢の重みがが急にのしかかる。

大手IT企業のマーケティング部で、課長職を担う桜庭菜穂は、30歳になって迷いが生じ始めた…。

この連載の記事一覧