「大輝さんにフラれたばっかのともみさんには、キツイ展開になっちゃったなぁって。ちょっと自分の発言を後悔したの。で、ごめんなさいって気持ちの視線でした」
「…え?」
きょとんとしたともみに、ともみさんってやっぱ自分の痛みには鈍いんだねぇ~、とルビーが苦笑した。
「肝心なことは何も言わない。付き合おうとも恋人になってとも言われていない。それってまさに大輝さんと同じじゃん」
「…は?」
心外だという顔をしたともみに、あ、もちろん、桃ちゃんのクズ男(くずお)とは全く質もレベルもちがうけど、ですよ、と続けた。
「ともみさんと大輝さんはお互いが納得済みの、割り切った体の関係…だったけど、ともみさんが、どっぷり好きになっちゃって、フラれた。
でもまだ好きでつらい。つまりある意味ズルい男に泣かされて未練があるってことでは、まさに桃ちゃんと同じ状況なわけでしょ」
全然同じじゃないでしょ!と反論したいのに、喉につかえて言葉にならなかった。そして気がついた。
― ルビーが最初に大人しかったのは…。
「もしかして、私に気を使って大人しくしてたの?」
「うん。私がクズ男(くずお)をバッシングしすぎちゃったら、ともみさんが大輝さんのことを思い出しちゃって、桃ちゃんに自分を重ねてつらくなっちゃうかなぁって遠慮してたんだけど、クズ男っぷりがひどすぎて、やっぱり我慢できなくなっちゃった」
ごめんなさい、とペコリと小さく頭を下げたルビーが続けた。
「でもね、その時思ったの。似た状況にいるともみさんだからこそ、桃ちゃんのことを助けられるんじゃないかなぁって。だからともみさんがマジになってくれるように、ちょっと、その、ともみさんの地雷に触りに行っちゃったというか、あえて言葉を強くして、あおらせてもらったというか……」
ルビーが、バツが悪そうに、らしくなく言い淀んだその先の言葉を、ともみは思い当たってしまった。
「つまり、私が自分を桃子さんに重ねちゃうくらい…私自身がルビーに責められてるような気分になるように、私をあおれる言葉を選んで、桃子さんを問い詰めてたってこと?私がムキになって反論するくらいに?」
「…うん」
「私が桃子さんと同化すれば、桃子さんを守って、助けるだろうって狙ってたってこと?」
「……はい。ほんとごめんなさい。でも助けるっていうか、今のともみさんなら自然と、桃ちゃんに寄り添えると思ったの。
他人からは100パー別れた方がいいって言われる質の悪い男でも、自分にとっては大好きな人ってやつ、アタシはそんな経験ないから、心からの言葉を桃ちゃんにかけられないけど……同じ状況にいる今のともみさんなら、桃ちゃんにとって一番必要な言葉を伝えてあげられるんじゃないかなって。世の中の正論的なやつじゃなくてね。
だって、今日のともみさん名言連発でしびれちゃったもん!
“ルビーが彼を否定して、桃子さんの幸せな思い出を傷つけて奪おうとするのは間違っていると思う”とか、“桃子さん、あなたは彼のことを嫌いになりきれていないんですね”ってやつとかさぁ」
あ、思い出も奪われない、ってやつも良かったなぁと、自分の口調を真似て付け足され、ともみの喉から顔へと熱が広がっていく。
「…え?ともみさん?もしかして、恥ずかしいの?」
ルビーの声に、自分が赤面していることに気づいてともみは動揺した。慌てて平静を装い、テーブルを拭きにいくふりをして背を向ける。
― 賢い子だとは知ってたけど。
ルビーにまんまとのせられたことが恥ずかしく悔しいと思いながらも、不思議と嫌な気持ちにはならず、光江の言葉を思い出した。
「この子はルビー。アンタの足りない部分を補ってくれると思うし、相性はいいと思うから一緒に働いてみて」
― 足りない部分どころか…。
ともみも店も、お客様も。──ルビーに救われている。
「でもさ、ほんっと今日のともみさん、めちゃくちゃかっこよかったよぉ~。あ、あのセリフもよかった、正義がいつでも勝てるとは限らないんだよ?だっけ?」
またもともみの口調をまねたルビーを、バカにしてる?と振り返って睨む。リスペクトでっす!とルビーが敬礼をしてふざけ、ともみは声を上げて笑った。
◆
― 光と闇。光が強くなるほど闇が濃くなるのは世の理(ことわり)だけど。
西麻布の女帝こと光江は、ともみからの営業報告の電話をBAR・Sneetで受けた後、ルビーのことを思った。
― ルビーは光が強い子。でも、だからこそ。
その分の闇も深いということを、ともみが気づく日がくるのだろうか。闇のない人間なんていないのだから、生きていく中で大切なことは、自分の闇をうまく飼いならし、その深みに飲み込まれないようにすることなのだけれど。
ルビーは優しすぎるがゆえに、自分の闇と向き合うことを避け続けてきた。だがいずれは向き合わざるを得ない時が必ずくる。そして、その時はもう近いだろうと光江は予測していた。
「今日はルビーに助けられました」
さっきの電話でともみはそう言っていた。いつかルビーのことも、ともみが助けてくれるといい。光江はそう願いながら、ある人物に電話をかけた。
▶前回:「最低な元カレに仕返しを…」泣き寝入りはしたくない。29歳女の最高の復讐とは
▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱
▶NEXT:6月10日 火曜更新予定
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松本公子の件もだし次のお客様含めて先の展開が楽しみ!