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32→45→52:それでも男は完成しない。 Vol.1

アプリで出会った女性と2回目の神楽坂デート。32歳男が帰りに女を家に誘ったら…

「おい、お前の方こそ、そういう発言はエイジハラスメントっていうんだからな!人間、年齢じゃ測れないだろっ」

背後でそう喚くシローさんを振り切ってオフィスを出た僕は、急いで駅へと向かった。

オフィスがある赤坂から神楽坂までは、溜池山王駅と飯田橋駅を使えば南北線ですぐだ。約束の19時半にどうやら遅刻しないで済みそうだとわかり、ホッと胸を撫で下ろす。

― ふう。あんまり待たせたりしたら、うまくいくものもいかないからな。

南北線の駅へと速足で歩みを進める僕は、ゆっくりと今さっきシローさんと交わした軽口の応酬を振り返る。

シローさんは確か、45歳のはずだ。そんなにいい大人が、気付いていないというのだろうか?

自分の発言の中に、大きな矛盾があるということに。

『こう言っちゃなんだけど、お前ってそこまでイケメンってわけでも…』

『人間、年齢じゃ測れないだろ』

ここ。大きく矛盾しているのは、このふたつの発言だ。

『こう言っちゃなんだけど、お前ってそこまでイケメンってわけでも…』

シローさんの言いたいことはわかる。

僕ははっきりいって、お世辞にもイケメンと言われる類の顔ではない。


似ていると言われたことがあるのは、学生時代にラグビーをしていた体格のせいもあってか、せいぜいゴリラぐらいのものだ。

だけど、32歳を迎えた今。

はっきり実感しているのは、モテと顔は関係なくなってきた──ということだ。

『ただしイケメンに限る』なんて言い訳が通用するのは、せいぜい大学生まで。

32歳の男に求められることは、仕事ができること。

金銭的に余裕があること。

そして、グルメに強くなること。

『人間、年齢じゃ測れないだろ』なんてことはない。

32歳という年齢は、男がようやく本質で勝負できる、成熟した大人なのだ。


つまらない思案に暮れつつたどり着いたのは、神楽坂の『のいえ』。予約時間の19時半ぴったりに店内に入ると、約束の相手は先に店内で僕を待ち受けていた。

「充さぁん、こっちこっち」

「ごめん、ニナちゃん。待たせちゃったね」

「ううん、全然。私が早く着いちゃっただけ!」

そう言って艶っぽく微笑むのは、アプリで出会ったニナちゃんだ。

仄暗いカウンター席でひと際目立つその美貌も、女優の卵だというのだから納得できる。

僕の「年収1,000万以上」「グルメ」「筋トレ」というキーワードに惹かれてマッチしてくれたらしく、今日で会うのは2回目。

ちなみに前回のデートは、ニナちゃんの「お肉かお鮨♡」というリクエストに応えて銀座の鮨に連れて行った。

2回目のデートにここを選んだのは、「日本酒♡」というリクエストがあったということと──僕の部屋が、ここから程近い飯田橋にあるからにほかならない。

「ねえ、ここも素敵なお店ですねっ。ザ・隠れ家って感じ。ほんと、充さんってたくさん素敵なお店知ってますよねぇ」

熱っぽい視線を絡ませるニナちゃんにそんな下心が見透かされないよう、僕はなるべく誠実な態度を心がけながら、この数年で仕入れた知識で美味しい日本酒を選定する。

もちろん、会計は僕持ちだ。会話の端々に、仕事の面白さをトピックとして盛り込むことも忘れない。

仕事ができること。金銭的に余裕があること。グルメに強くなること。

それが、32歳の洗練された男の立ち振る舞いなのだから。



「あ〜、いっぱい飲んだぁ。充さん、ご馳走さまでした」

思いのほか酒豪の一面を見せつけたニナちゃんは、8cmはあろうかというヒールを履いているのに、「少し酔いをさましたい」と言って夜の散歩をねだった。

「ね、充さん。充さんって早稲田卒なんですよね?私のパパと一緒だぁ。キャンパスってこっち?」

神楽坂通りをズンズンと早稲田方面に歩いているホロ酔いのニナちゃんに戸惑ったのは、そっちが僕の家とは別方向だからというわけじゃない。

ほんの少し、苦い思い出の場所がこの先にあるからだ。

「ニナちゃーん。酔いざましなら、僕の部屋行こうよ。ウロウロしてたら危ないって」

僕はあくまでも紳士的に、かつ、できるだけ迅速にニナちゃんの回収に取りかかる。

けれど結局ニナちゃんは、モデルもこなすというその健脚で、ついに僕の避けていた場所のすぐ前までたどり着いてしまうのだった。

この記事へのコメント

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No Name
聞けな言って?
2025/04/21 05:1226
No Name
どうもいけ好かない男だった。しょっ中デートって、ヤリモクでアプリ使ってて手当たり次第に…数打ちゃ当たる的な?そんな事して洗練された男の立ち居振る舞いとか言われても全く響かないし。来週シローさんの話に期待!
2025/04/21 05:3122Comment Icon1
No Name
店の予約時間はすぐそこまで迫っている。それというのに

なんか違和感…。
2025/04/21 05:3412
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