港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。
▶前回:「オレたちの関係に名前をつけると…」曖昧な関係の彼に本音を言われた女がショックを受けたワケ
「大輝さんが好き。だからもう体だけの関係をやめたい。本当の、本気の大輝さんの特別になりたいんだけど」
大輝の目が見開かれて小さく、でもぽかんと口が開いた間抜け顔のまま固まった。そんな顔を見るのは初めてで、ともみの心拍数がさらに上がる。
― 中学生みたいな告白になって最悪…!
もっと落ち着いて大人らしい言葉で伝えるべきだったのになんという失態。ともみは急激に恥ずかしくなった。ここが東京なら今すぐ家へ逃げ帰っていたかもしれない。でも残念ながらここは箱根で、大輝の別荘なのだ。
発火しそうな程熱くなった頬が羞恥のせいかストーブのせいか分からぬまま、絡み合ったままの視線に耐えられなくなり、ともみはグラスを手に取るふりをして大輝から目を逸らした。
グラスの中身は、1997年、ともみの生まれ年のシャサーニュ・モンラッシェ。この素晴らしい白ワインが苦に変わらないといいなと願うばかりだ。
― 早くなんか…言って欲しい。
長い沈黙。それほど困らせてしまったのだろうと、ともみはブランケットを頭から被って隠れてしまいたくなるのを堪えることに必死になった。
「…びっくりした」
しばらくして大輝が発したその言葉に、ともみが気まずそうにごめん、とつぶやく。
「いや、謝られることじゃなくて。ともみちゃんが可愛くてびっくりしたってこと」
「……はぁ?」
「可愛くて、なんかうれしい」
― う、うれしい…?
予想外の大輝の言葉に、もうこれ以上は上がりようがないと思っていた顔の熱がさらに上がり、胸を打ち破りそうな勢いで鼓動が速くなる。
「…それは、どういう意味のうれしい、な、の?」
絞り出し、たどたどしく、臆しながらも、言葉にした。
「正直に…言ってもらえると、ありがたいです」
そう請いながらともみの瞳に期待がこもる。だって大輝が、うれしいと、可愛いと言ってくれた。それならばもしかして。
もちろん正直に話すよ、と大輝はソファーの背もたれから体を起こした。テーブルをはさんで向き合っていたともみもつられるように姿勢を正す。
「ともみちゃんのこと、最初はすごく苦手だった。あ、最初は、だよ」
いつもより少しゆっくりなしゃべり方は、きっと場を和ませようとしてくれているからだと感謝はしても、ともみの緊張は加速する一方だ。
早くその先を聞かせて欲しくて、一気に空になったともみのグラスに大輝が慣れた手つきでワインを注いでくれている、その間さえ急かしたいと焦れてしまう。
そんなともみの焦りに気づいているのかいないのか、大輝はいつも通りのゆったりとした丁寧な所作でボトルをワインクーラーに戻してから続けた。
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