ふとすれ違った人の香りが元彼と同じ香水で、かつての記憶が蘇る…。
貴方は、そんな経験をしたことがあるだろうか?
特定の匂いがある記憶を呼び起こすこと、それをプルースト効果という。
きっと、時には甘く、時にはほろ苦い思い出…。
これは、忘れられない香りの記憶にまつわる、大人の男女のストーリー。
▶前回:「何これ…」彼の車の収納を開けたら、領収書の山が。それで発覚した、男の嘘とは
恵奈(35歳)結婚5年目の亀裂
Santa Maria Novella「カプリフォーリオ」
「香水はね、大切な日だけにつけるの。そうすれば、いつでもその日にあなたを連れていってくれるから」
昔、母から言われた言葉。
幼かった恵奈にはその意味がわからなかったが、香水をつけた後の母の幸せそうな顔が印象的だった。
35歳の恵奈は、4年前に大手総合商社を辞め、今は従業員200名ほどのスタートアップのCOOをしている。30歳を迎え、なんとなく将来が予測できる人生に疑問を感じていた頃、元いた会社の先輩に誘われたのがきっかけ。
初めは50名にも満たなかったが、この4年で成長した。
3つ年上の夫の旭(あさひ)とは、前の会社で知り合った。
結婚したのは5年前。結婚生活はお世辞にも順調とは言えなかった。
結婚して1年後、恵奈は今の会社に転職してさらに激務になり、徐々に旭とすれ違い始めた。
きっかけは些細なこと。家事の分担だとか、生活上の価値観の違いとか。ただ、ケンカ後に話し合って仲直りをする時間もなく、流していた相手への不満がどんどん蓄積し、関係が壊れていった。
気がつくと家庭内別居状態。
お互いに無関心というよりは、どうコミュニケーションをとっていいのかわからなくなっていた。
その空間だけ酸素が薄いような、緊張で張り詰めた家。
だんだんと家にいる時間が減っていった。
そして4ヶ月前。家でもお互いに目を合わせることなく、旭が遅い晩御飯を食べている横で、パソコンに向かいながら恵奈が言った。
「ねえ、私たち、別居しない?」
「…そうだな」
その時の旭の少しほっとした顔が、自分から言い出したのになぜだか恵奈の胸を締め付けた。
そうして恵奈の方が家を出た。
元々会社から近い乃木坂に住んでいたが、転職して蒲田に勤務先が変わり、家から遠くなっていたので、会社近くにマンションを借りて暮らしている。
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